地底の王国

地底の王国1

                       聖歴2026年9月23日(水)


 左右にうねる一本道は、なだらかではあるが確実に地下深くへと部員達を導いている。

 一本道という、その地形のためか、この辺りにはモンスターもほとんど出ない。しかし、さらに下っていく前方の闇は初めてこの道を通るわけではないにもかかわらず、まるで地獄へ通じているかのように不気味だった。


 十分ほど下ったところで突然、一本道は終わりを告げた。

 いや、正確には一本道はこの先も続いている。

 一行が立ち止まった先には水が溜まっており、道はそのまま続いている。


「それじゃ、斉彬さん、こよりさん。お願いします」

 一行が水たまりの手前までやってきたとき、慎一郎が斉彬とこよりに声を掛けた。

 斉彬は「わかった」と短く返事をすると、背負っていたリュック――普段持ち歩いている鞄とは異なる、おおきなものだ――を下ろして、中を検め始めた。




 〈竜王部〉がこんな一本道の行き止まりまでやってきたのは理由がある。


 文化祭はおよそ一週間後の十月一日からだ。準備は進めているが、順調とはいえない。

 しかし迷宮探索を疎かにすることもできない。結希奈の迷宮料理の材料が不足しているのだ。


「なーんかイメージと違うのよね」

 部員達からは大好評だった試作品を前にして結希奈はこう漏らした。


 それからは苦難の連続だ。迷宮内のまだ見ぬ食材をもとめて未踏の領域を探索するうちにこの場所にたどり着いたのだ。

 こよりのマップによると、かなりの大深度ではあるが、位置的には“さる”のほこらがあってもおかしくはない場所だ。


「よし、栗山頼むぞ」

「任せてください」

 斉彬がリュックからしわくちゃのビニールの塊を二つ取り出した。徹がしゃがみ込んでそのリュックに手をかざす。


「風よ」

 徹が呪文を唱えるとビニールに描かれていた魔法陣が薄く輝いた。


 次の瞬間、シューという空気が流れ込む音がしたかと思うと、しわしわのビニールがみるみる大きくなっていく。

 気がつくと、しわしわのビニールの塊達は、二艘のビニールボートに姿を変えていた。


 それとほとんど同時に、こよりがゴーレムを四体、産み出していた。斉彬の持っていた鞄の中に入っていた石から作り出したもので、形こそ同じものの、いつも迷宮の石や土から産み出しているものとは異なり、真っ白な見た目をしている。


『いざ出航じゃ!』

 いつの間にか水兵のような格好をしているメリュジーヌの号令のもと、ビニールボートに分乗した〈竜王部〉部員達は水面を滑るように進んでいく。


 二艘のボートに六人が便乗している。戦力を考えて慎一郎、結希奈、楓。徹、斉彬、こよりというように分けられた。

 慎一郎はボートに乗るときに徹から「がんばれよ」などとからかいの口調で言われたが、何のことなのかさっぱりわからない。


 ボートはそのまま音もなく進む。その推進力はボートの前を泳ぐゴーレムだ。

 各々二体ずつ、ロープで繋がれたゴーレムは器用に平泳ぎをしながら進んでいく。その素材は地上から持ち込んだ水に浮かぶ軽石だ。




「うわぁ……きれいですね。昔行ったことのある鍾乳洞を思い出します」

 〈光球〉の魔法に照らされて白く光る天井と青く光る水面みなもを見渡して楓がはしゃいだ。


「へぇ。今井ちゃん、どこに行ったの? 秋芳洞?」

「え? 北極ですけど……」

「あ、そう……あはははは……すごいね……」

 思いも寄らぬ答えに引きつった笑いで返す徹。


「あっ、見て! 魚が泳いでる!」

「ホントだ、結構いるな」

 こよりと斉彬が水の中をのぞき込んでいる。どさくさに紛れて斉彬がこよりの肩を抱こうとしているが、その手はどうしても距離五センチから近づくことができない。


「ねえ慎一郎。あんた魚料理って好き?」

 そんな二人を見ていた結希奈がふと慎一郎に聞いてきた。


「え? うーん、あまり好きじゃないなぁ。お寿司なら好きだけど」

『わしも寿司は大好物じゃ! ユキナよ、あの魚は寿司にはできんのか?』

「え? あの魚を? うーん、どうなんだろう? あの魚って淡水魚――川魚だから、お寿司は無理なんじゃないかなぁ」

『そうなのか……ちと、残念じゃのぉ』

 肩を落としてしょげるメリュジーヌに結希奈は何だか悪いことをした気持ちになる。


「なんとかできないか調べてみるね。翠さんにも聞いておくから!」

『そうか! 楽しみじゃのぉ!』

 先ほどの曇った表情から一転、夏の太陽のような笑顔を見せる。実にわかりやすい。


「寿司かぁ。そう言われると、あの泳いでる魚も寿司に見えるな」

「もう、斉彬くんてば」

 水の中を覗いている斉彬がじゅるりとよだれを飲み込んだ。


「いや、そう言われてもさ、こよりさん。あのでっかい魚なんて……ん?」

「どうしたの、斉彬くん?」


「いや、見ろよあれ。あのでっかいの。こっちに向かってないか?」

「え? どこどこ?」

「あれだよ、あれ」

「どれ?」

「うわわっ! 二人とも、そんなに乗り出すとボートが傾いて危ないぞ!」

 同じボートに乗っている徹が身を乗り出している斉彬とこよりに注意した。


 その時――


「浅村、栗山! 気をつけろ! 来るぞ、!」

 斉彬が叫ぶと同時に、水中から巨大な影が飛び出してきた。

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