劇団メリュジーヌ7
『人の世を荒らす悪竜め! 勇者の名にかけて成敗する!』
『人間の分際で生意気な。このわし……じゃなくて俺様のブレスで消し炭にしてくれる!』
メリュジーヌの劇脚本の執筆はますます脂がのってきたようで、深夜慎一郎達が寝静まってからもその執筆が止まることはなかった。
もっとも、いちいち台詞を声に出さないと書けないタイプのようで、度々夜中に騒ぎ出しては部室で共に寝ている徹や斉彬から怒られたりしていたのだが。
そんなトラブルがありつつも文化祭の準備と迷宮探索は同時に進められ、そしてついに――
『できた!』
メリュジーヌの脚本、第六稿(第二稿から第五稿は自分でボツにしたらしい)ができあがった。
「うるさい!」
できあがったのが午前三時でなければ良かったのだが。
聖歴2026年9月21日(月)
『これがわしの渾身の処女作じゃ。しかと見よ』
翌朝のブリーフィングでそれは公開された。ご丁寧に人数分がコピーされているという、メリュジーヌにしては珍しく気が利いている状況だ。
女子達は普通に、男子達は眠い目を擦りながら一人一部用意された原稿に目を通している。
中世のヨーロッパ。山あいの小さな村では収穫の時期を迎えていた。
豊作だったにもかかわらず、村人達の表情は暗い。
それもそのはず。収穫の季節はすなわち、収奪の季節でもあったからだ。
近くの山は古来から“神の山”として村人達から崇められていたが、数十年前から本物の神が飛来するようになったのだ。
邪悪なるドラゴン。炎のブレスと毒のブレスを吐き、鋼よりも固い鱗と空を自在に舞うそのドラゴンは年に一回、村人達に忠誠の証を求めてきた。
それは収穫の八割という、恐ろしいまでの量の作物に加え、村に伝わる宝物や娘なども度々要求された。
村人達も黙って従っていたわけではない。
村の若い者を集めたり、傭兵を雇ったり、時には竜退治で名をはせた強者を招き入れたりしたが、ドラゴンの巣穴に赴いて戻ってきた者は誰もいなかった。
そうしている間に村人達は心折られ、ドラゴンに言われるまま収獲を差し出すようになっていった。
そんな折り、四人の若者が村を訪れた。絶望に沈んでいた村人達であったが、旅人達へ精一杯のもてなしを行った。
しかし、それは罠であった。村人達は薬で旅人達を眠らせ、ドラゴンに生け贄として差し出してしまったのだ。
竜の巣穴で旅人達を食おうとするドラゴン。しかし、それは彼らの作戦のうちだった。
旅人達は世の悪を成敗してまわる勇者の一行で、この山を支配する悪のドラゴンの話を聞いて退治しにやってきたのだった。
食われる寸前に武器を取り出して飛びかかる勇者達。
待ち構えるのは最強の生物、ドラゴン。
果たして勝負の行方は――
「……………………」
『どうじゃ? わしの傑作は? われながら自分の才能が恐ろしいほどじゃ』
「……………………」
『感動しすぎて声も出ぬか? うむうむ』
「……………………」
「……………………」
『ど、どうしたんじゃ……? もしかして、何か問題でも?』
「……………………」
「……………………」
「……………………」
『悪いところがあるなら直すゆえ、何か言ってくれ。でないと、わしは……』
「……………………うん、いいんじゃない?」
最初に読み終えたのは結希奈だった。続いて他の部員達も次々と脚本を読み終える。
「面白いと思うぜ」
「あたしもいいと思う」
「やるじゃないか、ジーヌ」
「オペラやミュージカルなど、いくつか見たことがありますが、これはそれらに引けを取らないと思います」
「お、面白いと思う……思います……」
『そ、そなたら……』
そして、最後に慎一郎が脚本を読み終え、それが書かれた紙を丁寧に机の上に戻す。
「うん、すごくいいと思う。みんな、これで行こうと思うけど、どうかな?」
慎一郎の問いに対し、部員達は声をそろえて、
「異議なーし!」
「じゃあ、早速ぬいぐるみを作り始めないとね。ドラゴンのぬいぐるみはもう仮縫いまで進んでるから、後で見せるね」
とこよりが立ち上がれば、
「これは気合いの入ったポスターが必要だな。美術部に話を持っていくぜ」
と徹もやる気を見せる。
「舞台セットは任せておけ。全部段取りは済ませてある」
斉彬は頼もしいことを言ってくれる。
「あたしも料理の方、頑張らないとね。劇に負けてるとか言われたくないし。ね、今井さん」
「はい、がんばりましょう!」
料理と給仕担当の結希奈と楓もさらなるクオリティアップに燃える。
「おれももっと細かくぬいぐるみを動かせるようにする。メリュジーヌの脚本を生かすも殺すもおれにかかっているからな」
慎一郎が決意を新たにした。
『ふははははは! そうじゃろう、そうじゃろう! わしの歴史を書き換える大傑作に出演者も観客も皆大号泣じゃ!』
先ほどまでの弱気な姿勢はどこへやら。ここ数日ですっかりおなじみとなったメリュジーヌの高笑いが部室に響き渡る。
「ま、メリュジーヌはそうでなきゃな」
こうして、〈竜王部〉の文化祭の出し物、ショーレストランの演目、『悪竜と光の若者たち』は動き出した。
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