劇団メリュジーヌ6

                       聖歴2026年9月21日(月)


 文化祭へ向けての準備は順調に進んでいた。慎一郎は少しずつではあるがぬいぐるみをうまく使いこなせるようになっていたし、結希奈の出す当日メニューも固まりつつある。内装の準備も進んでいるらしい。


 徹も他の部とのタイアップのために校内を忙しく回っていた。この日もテニス部が開くメイド喫茶とのコラボ実現のために詳細を詰めていたところだった。


「それじゃ、あとは担当者同士で打ち合わせってことで。高橋さんと今井さんだっけ?」

「そうそう。結希奈と今井ちゃんには話通しておくから。それじゃ」

「それじゃあね、栗山君」

 テニス部の二年生の部長に手を振ってテニス部の部室を後にする。


「えっと、次は……手芸部か」

 テニス部の部室は部室棟、手芸部は特別教室棟と少し離れた場所にある。ちょっと面倒だなと思いながら徹は部室棟の階段を降りる。

 階段を降り、部室棟の一階から校庭脇の通路へ出るところで本校舎の方から声を掛けられた。


「坊ちゃん!」

 声の方を向くと、大柄な男子生徒が二人、こちらに向けて歩いてくるのが見えた。一人は北高の制服を着て、笑顔でこちらに手を振っている。もう一人は少し憮然とした表情の青年だ。あまり馴染みのない制服を着ている。


「雅治さん。……金子さん」

 北高剣術部部長の秋山雅治あきやままさはると港高剣術部部長の金子清かねこきよしだ。

 徹の表情が険しくなる。自然と身構えてしまう。

 もう一ヶ月も前になる。徹はこの幼なじみでもある剣術部部長にはっきりと拒絶されたのだ。




「このスパイを追い出せ!」




 あの時の秋山の言葉は今も徹を苦しめている。あれ以来一度も剣術部に顔を出していない。


「久しぶりだな、最近顔を出してくれなかったけど、どうだ? 変わりないか?」

「ああ、まぁ……」


 変わったのはあんただよと徹は思ったが、口には出せなかった。それは幼なじみの“お兄ちゃん”との決定的な断絶を意味してしまうと思ったからだ。

 しかし秋山は徹のそんな想いに全く気づくこともなく、明るく親しげに話しかけてくる。


「雅治さん、金子さん」

 口に出してから「しまった」と思った。不機嫌な感情がつい口に出てしまったと思ったからだ。

 しかし、彼らに徹のそんな動揺は伝わらなかったようだ。秋山は笑顔のまま徹に聞いてくる。


「ん? どうした? 坊ちゃん?」

「あ、いや……。こんな所で何してるのかなって」

「あー、それなんだがな……」

 普段サバサバしている秋山らしくなく言いにくそうにしているところを、今まで彼の半歩後ろで黙っていた金子が助け船を出した。


「謝罪に行ってきた」

「謝罪……?」

 思わぬワードが出ておうむ返しになる徹。


「ああ。ここの……北高の生徒会長に、これまでのいざこざの謝罪と、再発防止を申し入れてきた」

「その……今更で申し訳ないんだが、俺たちも“北高の輪”に入れさせてもらおうと思って。虫のいいことはわかっているんだけどな」

 ばつの悪い表情の秋山と金子。だが徹の表情はみるみる明るくなっていく。


「そうか……そうか! よかったよ、うん。ずいぶん時間はかかったけど、そうなってくれて本当に良かった。なに、心配するなって。何かおかしなことを言うような奴がいたら、この俺がとっちめてやるから!」


「はは……。頼もしいな。ありがとう、坊ちゃん」

 雅治が頭を下げると、金子も続けて頭を下げた。それに徹はよしてくれと手を振る。


「そうだ! 俺に何か手伝えることはないか? 何でも言ってくれよ。また前みたいに剣術部へも度々行かせてもらうよ」

「それはありがたい。なあ、金子?」

 秋山に言われ、金子も「ああ」と頷いた。普段から仏頂面の金子だが、よく見ると普段より表情が明るいように見える。


「そうだな……。じゃあ、今度の文化祭に俺たちも出展するつもりなんだが、もし良かったら手伝ってもらえないか?」

「ああ、もちろんだとも。何でも言ってくれ!」

 前のめりで快諾する徹。しかし、その言葉は他ならぬ秋山自身によってすぐに否定された。


「あ、いや……。やっぱりいいや。手伝いは必要ない」

 徹の表情がみるみる曇る。蘇るのはあの時拒絶された記憶。知らず知らずのうちに手が震えてくる。

「な……なんでだよ……。みんなと仲良くやってくって、決めたんじゃないのかよ……」


 しかし、秋山の表情は朗らかなままだった。


「ああ、違う違う。勘違いさせたようなら謝る、すまん」

 そういって頭を下げた。徹には何が何だかわからない。


「坊ちゃんには文化祭の時に“お客さん”として楽しんでもらいたいんだ。だから俺たちが何をやるかは当日まで秘密ってことで」

「まあ、これは俺たちからのプレゼントだと思ってくれればいい」

「雅治さん……金子さん……」

 二人の心遣いに徹は涙がこぼれ落ちそうだった。それを誤魔化すためにあえて大きな声で返事をする。


「わかった。楽しみにしてる! 雅治さんも金子さんも俺たちの店に来てくれよな。きっと楽しめるぜ」

「坊ちゃんの出す店かぁ……。ははっ、楽しみにしてる」

「それじゃ、俺たちは部室へ戻るから」

「ああ。文化祭で」

 そう言って三人は固く握手をした。


「そういえば……」

「ん? どうした、坊ちゃん?」

「瑞樹のやつはどうした? 最近会ってないけど、元気か?」

 岸瑞樹は剣術部の女子マネージャーで、徹や秋山の幼なじみでもある。徹が心配するのも当然と言えた。


「ああ、もちろんだとも。坊ちゃんが文化祭で来てくれるのを楽しみにしてるぞ」

「そうか。よろしく伝えておいてくれ」

「わかった」

 そして、三人の剣術経験者は別れた。

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