劇団メリュジーヌ5
ボツを食らってからのメリュジーヌは自身のプライドに火がついたのか、より脚本作りにのめり込んでいった。
楓からの「昔観たオペラか何かを参考にしたらどうでしょう?」というアドバイスをもとに、熱心に書き続けた。
それは慎一郎が寝てからも続いた。慎一郎が寝てもメリュジーヌが何かしていることなど、少なくとも慎一郎が知る限りでは初めてだった(本当はそうではないのだが)。
聖歴2026年9月19日(土)
「浅村!」
「……ぐうっ!」
敵の強烈な攻撃を手に持った二本の剣で受け止める。同時に不可視の腕で持つ二本の剣をモンスターに向けて振る。
しかし、そのモンスターは素早く間合いを開けてこちらの攻撃を回避した。
なかなかの強敵だ。
相手は光る目でこちらを見据えている。その数はここから見えるだけでも八。
軽自動車ほどもある巨大なクモだ。それだけではない。その八本の足のうち、前方の二本はまるで鍛えられた
「けど、遠距離からなら手も足も出ない。炎よ!」
徹の手のひらから人の頭よりも大きな火球が飛んでいき、クモの身体を焼く。
――グォォォォォォォ……
クモが苦しそうな声を上げ、身をよじる。
「どうだ! ざまあみろ!」
炎に包まれるモンスターを見て徹がガッツポーズをする。しかし――
――キシャァァァァァッ……!
炎はすぐに消え、その中からは攻撃を食らう前と全く変わりないように見える巨大な威容が現れた。
『ほう……。下等生物の分際で、なかなかやるではないか』
メリュジーヌは少し高いところに浮かんで腕を組み、足を組んで普段言わないような台詞を口にしている。
「……! みなさん、何か来ます。気をつけて!」
楓の警告が早いか、クモは鋏のような口を開き、そこから白い糸を射出した。それらは通路いっぱいに広がって慎一郎達に襲いかかる。
「……!!」
狭い通路の中、避けるスペースはない。身構える間もなく糸が慎一郎の身体に届かんとするときに、目の前を突然、地面から湧き上がった土の壁が防いだ。
「みんな、大丈夫?」
後衛からこよりの声が届いた。彼女が咄嗟に通路全体を覆うほどの大きさの壁を錬金術で造り、糸を防いだのだ。
土壁はすぐに解除された。その向こうには、クモが先ほどと同じようにそこにいた。
糸で獲物をがんじがらめにして捕食しようとしていたクモが自らの目論見が外れたことによる衝撃か、はたまた地面から突然壁がせり上がり、すぐに崩れたことに対する驚きか、クモは戸惑っているようにも見えた。
『クックック……。やれ』
メリュジーヌの号令に従ったわけではないだろうが、部員達は一斉に動き出す。すでに呪文の詠唱を終えていた徹の炎の魔法と楓の矢がクモに命中する。
――ギュァァァァァァァァァァ!
苦痛に身をよじるクモに対して畳みかけるにこよりのゴーレムが二体、クモに襲いかかった。
――キシャァァァァァ!
苦痛を与えられた苦しみをゴーレムにたたきつけるかのように鋭い前足を振るうクモ。
単調な動きしかできないゴーレムをその前足が砕こうとしたとき、さらに後方から飛んできた二本の剣がクモの前足をはじく。
慎一郎の〈浮遊剣〉だ。ここ数日のぬいぐるみを使った特訓の甲斐もあり、精神を集中させれば二本の剣を操ることができるようになっていた。
「だりゃぁぁぁぁぁぁ……!」
そうしている間に巨大な両手剣〈デュランダルⅡ〉を構えた斉彬が突撃する。
ゴーレムと宙を自在に動く二本の剣に気を取られているクモはその接近を容易に許した。
「でえいっ……!」
軽乗用車ほどの大きさのあるクモの足元に取り付いた斉彬は野球のスイングの要領で〈デュランダルⅡ〉を振るった。
――ギュラァァァァァァァァッ!!
紫の体液とともにクモの右半身の脚二本が宙を舞う。
――ギシュァァァァァァァァァァッ!
狂ったように前脚を振り回すクモ。しかし斉彬は冷静にそれらの動きを見切り、すべてを受け流す。
斉彬がクモを引きつけている間に、慎一郎も一気に間合いを詰め、身動きの取れないクモの背後に位置取った。
『よくやったが、わしを脅かすほどではなかったようじゃの』
メリュジーヌがまた変なことを口走るが、そんなことはお構いなしに慎一郎はクモに攻撃をたたきつける。
――ガァァァァァァァァァ……。
身体の中程から両断されたクモが断末魔を上げ、そして倒れた。
『ふはははははははははは! わしの勝利じゃ! 世界はわが物になる日も近いぞ。ふはははははははは!』
動かなくなったクモの上に立ち、メリュジーヌが高らかに勝利を宣言する。
しかし彼女以外の部員達がそれに乗ることはない。むしろ困惑している者が多い。
「なあ、慎一郎」
クモの脇に立つ慎一郎の所にやってきた徹が話しかけてきた。しかしその表情に強敵に打ち勝った喜びはなく、困惑の様相が強い。その理由は――
「ジーヌ、どうしちまったんだ?」
もちろん、先ほどからおかしな言動を繰り返しているメリュジーヌにある。
そのメリュジーヌはまだクモの上で仁王立ちして高笑いを続けている。
「ああ、あれか……」
もしかして何か悪いものでも食べたのかと心配する徹をよそに、慎一郎は高笑いするメリュジーヌを見上げて笑う。
「『悪いドラゴンの気持ちになっている』らしいぞ。文化祭の劇で使う脚本の参考にするんだってさ。なんでも、古い劇やオペラにはああいうのがよく出てくるらしい」
「なんじゃそりゃ……?」
徹はますます微妙な目つきで高笑いをするメリュジーヌを見る。
『悪いドラゴンというのもこれはこれで悪くないの。ふはははははははは!』
竜王の“悪いドラゴン”のロールプレイはその後数日間続き、彼女の仲間達をしきりに困惑させたのであった。
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