劇団メリュジーヌ4

 その日から早速文化祭の準備が進められた。

 とはいえ、迷宮探索も進めねばならず、結希奈の料理の食材集めも兼ねて最低でも三日に一日は迷宮探索に費やし、残りを文化祭の準備にするスケジュールが組まれた。


 ショーレストランの準備は分担して進められる。

 レストランの中心となる料理は結希奈を中心として、楓がサポートに当たることになった。もちろん、迷宮で手に入る素材は部員全員の協力の下だ。


 料理に使われる食器類は姫子の担当だ。どんな固い肉でも豆腐のように斬れるナイフを作ると珍しくやる気になっている。


 ショー部分に相当するぬいぐるみ劇のぬいぐるみはこよりが作ることになっている。しかし劇の脚本ができないと作業が進められないので、当面は手芸部に修行に出かけると言っている。

 その脚本にはなんとメリュジーヌが立候補した。『歴史がひっくり返る大傑作を産み出してやる』と息巻いているが、慎一郎を始め部員達には心配しかない。


 慎一郎はメリュジーヌの脚本ができるまでの間、〈浮遊剣〉でぬいぐるみを動かす練習をしている。一体動かすだけなら簡単なのだが、二体以上となるととたんに難しくなる。先は長そうだ。


 斉彬はレストランの内装や劇の大道具担当だ。美術部に背景を依頼する代わりに美術部の力仕事を手伝うことになり、文化祭の準備の日には部室に顔を出せないことが多く、こよりと会えないことを心の底から残念がっている。


 そして徹は人脈の太さ――女子限定だが――を生かして宣伝やタイアップなどの担当になった。すでにいくつかの部の店に結希奈の弁当のサンプルやチラシを置かせてもらうことが決まっている。







                       聖歴2026年9月16日(水)


『できたぞ! 歴史に名を残す大傑作じゃ! これを新たなメリュジーヌ神話の一ページとするのじゃ!』

 メリュジーヌが自信満々に朝のブリーフィングで部員達の前に厚さ三センチもの紙の束に細かい字でびっしりと書かれた脚本を披露したのはそれからわずか二日後のことだった。


 生徒達がその脚本のあまりの分量に唖然とする中、徹がそれを手に取って読み始める。

「なになに……“竜王メリュジーヌの世界グルメ紀行”ぅ?」

『そうじゃ。感動に打ち震えるがよい。われながら自分の才能が怖いのぉ』


 メリュジーヌが薄い胸を反らす前で徹がぱらぱらと脚本の続きを読んでいく。

「…………ジーヌ、これって」

『なんじゃ、トオルよ。賛辞ならいつでも、いくらでも受け取るぞ』

「いや、これってさ……」

 パタパタめくっていた脚本を閉じて、ぽんぽんと机の上でばらばらになった紙の束を整える。


「ジーヌがただいろんな飯を食うだけじゃないのか?」

『そうじゃ? 何か問題でも? わしが美味いものを食う。これに勝るなど古今東西を見渡してもあるまい?』


「いや、お前さぁ……」

 慎一郎が頭を抱えてメリュジーヌに説明する。

 自分が食事をしているときに、他人ひとが食事をしている劇を見せられて面白いのか。


『わ、わしは面白いと思うんじゃがのぉ……』

 気のせいか、それとも本当にそうなっているのか、メリュジーヌのアバターはいつもよりも小さくなっているように思える。それでも彼女は引き下がらない。


「いやいや、それにさ、ジーヌ」

『なんじゃ、トオルまでも!』

「肝心なこと忘れてるぞ。これって、“ぬいぐるみの劇”なんだよ。本物は食べられないってワケ」


『……………………………………………………………………………………』


 メリュジーヌの目が泳ぐ。彼女の姿は〈念話〉の魔法を使ったアバターのはずなのだが、以下の彼女の心情を端的に表わしている。

 つまり、どう取り繕うか。


『そ、そんなこと、はじめからわかっておったわ! こ、これはな……そうじゃ! たたき台! たたき台なのじゃ。これをたたき台に議論を深め、よりよい劇の脚本をじゃな……』

 部員達の冷たい視線を受け、さしもの竜王も二の句を告げなくなる。


『わかったわ! 書き直しじゃ! 書き直せばいいんじゃろ!』

 つい今し方机の上に置かれたばかりの『自称・傑作』がふわりと浮かび、ゴミ箱の中へと突っ込んでいった。ゴミ箱に原稿が入るときのぼすんという音が、今のメリュジーヌの心情を代弁しているかのようであった。






                       聖歴2026年9月17日(木)


 九月も中旬となると、日はかなり短くなってきている。

 もうすっかり日も暮れた頃であったが、校舎の内と外とを問わず生徒達は文化祭の準備に、また普段通りの活動に精を出している。

 そんないつも通りの夕方、校内に据え付けられたスピーカーが久しぶりにその役割を果たした。


『全校生徒の皆さんへ、選挙管理委員会からお知らせします。本日、午後六時に次期生徒会長選挙の立候補受付が締め切られました。期日までに一名のみの立候補だったので、次期生徒会長は無投票で二年E組、風紀委員会所属の榎田信司くんに決定いたしました。繰り返します――』


 しかし、その放送を真面目に聞いている生徒は誰も居なかった。みな、日々の活動に精一杯で、選挙などしている余裕などないのである。

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