劇団メリュジーヌ3

「ねえ、ちょっと思いついた……というより、前から考えてたアイデアがあるんだけど……」

 こよりはそう言うと立ち上がって、部室の奥、カーテンで区切られた女子達の着替えスペースに行き、そこに置いてある段ボール箱の中をごそごそと弄った後、何かを手に持って戻ってきた。


「わぁ、かわいいですね……!」

 こよりが抱きかかえているを楓が笑顔でつん、とつついた。


「こよりさん、それは?」

「前にみんなで刈ってきた羊毛が少し余ったでしょ? それを使ってちょっと作ってみたんだけど……」

 こよりは持ってきた三つのぬいぐるみを机の上に置いた。どことなく結希奈、姫子、楓の〈竜王部〉女子に似ているような気がする。


「さすがオレのこよりさん! 女子力が高い!」

「斉彬くんのじゃないけどね」

 こよりは斉彬を軽くあしらうと、ぬいぐるみの上に手をかざした。


『……? これとブンカサイとやらの弁当と何が関係するんじゃ?』

「まあ、見てて」

 こよりは手をかざしたまま、何やらぶつぶつと呟き始めた。よく聞くと、それはこよりが地下迷宮でいつも使っているゴーレム召喚の呪文に近いことがわかるだろう。


 少しするとぬいぐるみがぴくり、と動き出した。少し遅れてもう一体。

 二体のぬいぐるみ――結希奈似のものと楓似のもの――はくるくると回り始めた。まるで、二人の女の子が楽しげにダンスを踊っているかのようである。

 皆が注目する中、ぬいぐるみは机の上で一礼するとちょこんと座り、それきり動かなくなった。

 誰からともなく拍手が沸き起こる。こよりは誇らしげで、少し恥ずかしそうだ。


「ゴーレムの魔法を応用してみたんだけどね、今は二人を同時に動かすのが精一杯みたい」


「僕は踊るとかとても無理なので、二人で十分……です……うひっ!」

 部屋の隅でじっとしてた姫子が動かなかった自分似のぬいぐるみに「ぐっじょぶ」とサムズアップしていた。


「わかりました! これでショーレストランをするんですね?」

 楓が笑顔でぽん、と手を打った。


「ショーレストラン?」

「はい。お食事をしながら劇や歌などを見るんです。昔、ニューヨークへ旅行へ行った時に見せてもらいました」

「ニューヨークね、あはは……」

 楓の朗らかな笑いを徹が乾いた笑いで返した。


『なるほど。これで客を呼び寄せるというわけじゃな』

「うん。動く人形劇と地下迷宮のお料理ならお客さんも来るんじゃないかなと思ってね」

「さすがはこよりさん!」

 斉彬が笑顔でこよりの手を握った。こよりは複雑そうな表情だ。


「あ、でもさ……」

『どうしたんじゃ、トオルよ、まだ問題が?』

「いや、こよりさんのアイデアはすごくいいんだけどさ、登場人物二人で劇ってできるものなの?」

 湧き上がった部室の雰囲気が一気にしぼんだように感じられた。あと一歩というところで頂上から突き落とされたように感じられた。


『いや――』

 しかし、そこに光明をもたらしたのはメリュジーヌだった。皆がメリュジーヌのアバターを見る。


『こうすればいいのではないか?』

 言うと、机の上のぬいぐるみが、むくりと起き上がり、先ほどこよりが動かしたときよりも派手な動きでくるくると動き出した。


「ああっ、僕はあんな風に踊ったりしないのに……リア充爆発しろ……ふひっ!」

 姫子が踊る自分似のぬいぐるみを見て青ざめたが、彼女に気を配るものはこの部屋にはいなかった。


「……! ジーヌちゃん、どうやってるの?」

 こよりが驚きの表情で聞いてきたので、メリュジーヌはドヤ顔で種明かしをする。


『なに、簡単じゃよ』

 すると部室の中に置いてあった予備の片手剣が三本、ふわりと浮き上がった。

 三本の剣は机の上をくるくると回る。それはさきほどのぬいぐるみ達の舞いと同じ動きだとわかった。

 つかの間の舞踏会を楽しんだ後、三本の剣はもとある場所に舞い戻った。


『ま、こんなもんじゃ』

「そうか、〈浮遊剣〉か」

『うむ。元々剣を操る技ではあるが、この程度の動きはさせられる。もっとも、コヨリのゴーレムのような繊細な動きはできない故、役割分担が必要じゃがな』


「じゃあ、ショーの方はこよりさんとメリュジーヌの方で何とかするとして……」

『何をたわけたことを言っておるか、そなたは』

 ぽかり、と触れられない立体映像で慎一郎の頭を叩くそぶりをするメリュジーヌ。


『ぬいぐるみを操るのはそなたじゃ、シンイチロウよ』

「え、俺……?」

『当たり前じゃろう。そなたはわしに演技なぞさせて自分は高みの見物でもするつもりじゃったのか?』

「いや、そういうつもりは……」

『それにこれはそなたの鍛錬でもある。同時に操れる剣を増やすためのな。それに何より……』

 メリュジーヌは窓の方を向いた。その表情が少し悲しげだったのは気のせいだったのだろうか……。


『わしの声は余人には聞こえん』

「…………」

 慎一郎はメリュジーヌのアバターの前まで歩いてきて、そして笑った。何もかも包み込むように。


「わかったよ、メリュジーヌ。ショーは俺とこよりさんで何とかする」

『うむ。目標はぬいぐるみの三体同時操作じゃ。わしの指導は厳しいぞ!』

「知ってるよ」


 ショーの問題が片付いたところで結希奈がぱん、と手を叩いた。

「じゃあ、決まりね。〈竜王部〉の文化祭の出し物はショーレストランで決まり。いいわね、部長?」

「ああ。みんな、よろしく頼む」

「ああ」「オッケー」「うん」「がんばろうね」「楽しみです」「お手柔らかに……」


 慎一郎の言葉に皆がめいめい応える。

『劇団メリュジーヌの旗揚げじゃ。皆の者、気合いを入れよ!』

 部員達の勝ちどきの声が旧校舎四階に響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る