劇団メリュジーヌ2
聖歴2026年9月14日(月)
「単刀直入に言うわ。お金がないの」
「はぁ? またかよ!」
その日の朝のブリーフィングで議題を出した結希奈に徹が呆れたような感想を返した。
「この前羊毛を演劇部に売って、少しは余裕ができたんじゃなかったのか?」
そう言う慎一郎に結希奈は肩を落としてはぁとため息をついた。
「いつの話よ。もう二週間も前の話じゃない……」
「いやだけど、その間も結構いろんな部に頼まれていろいろ集めたぜ?」
斉彬の言うとおり、羊毛を演劇部に“卸した”あとも、〈竜王部〉はさまざまなものを地下迷宮で集めてはそれを希望する部に売っていた。
毛皮や石にキノコをはじめとした食料、時には(校則違反だが)地下迷宮に赴く生徒の護衛なども――
「それでも金欠なの」
何でだよという部員達の視線の前に結希奈は再びため息をつく。
「最近、お肉が高いのよ……」
『うむ、昨日のショウガ焼きとやらは実に美味であった。日本の料理の中ではあれはトップクラスじゃ』
空気を読まないメリュジーヌが言った。
結希奈が作る〈竜王部〉のお昼は肉料理が多い。それはメリュジーヌのリクエストもあるが、やはり迷宮探索という体力を使う活動をしている以上、仕方がない部分もある。
イノシシのモンスターを倒して以来、イノシシだけでなくウシ――ミルクが捕れる種類のウシはバレー部が飼育している――やヤギなどのモンスターを狩ってはコボルト村へ持ち込んで捌いてもらい、北高へ供給するというサイクルができあがった。
最近では肉目当てで校則違反も承知で地下迷宮に入る部も増えてきて、肉の供給量自体は確実に増加している。
だが供給が増加すれば需要も増加するのだ。
もともと育ち盛りの高校生である。加えて肉を全く食べられなかった時期が少なからず存在したことにより、その需要は天井知らずとなり、肉の価格もそれに連動して上がり続けているというわけだ。
「それで、どうすればよいのでしょうか? またどこかの部から依頼を募りましょうか?」
楓は休部中の弓道部との掛け持ちなので、〈竜王部〉の外の知り合いもそれなりに多い。それを当てにしての提案なのだろう。
『誰かの依頼を待つというのは確実性に欠けるの。わしの流儀でもない』
腕組みをしてうんうんと頷くメリュジーヌ。結希奈もそれに同意する。
「流儀かどうかはともかく、確実性に欠けるっていうのはあたしもそう思うわ」
「何か、いいアイデアでもあるの、結希奈ちゃん?」
そう問いかけたこよりに結希奈は我が意を得たりと会心の笑顔を向ける。
「これよ」
そう言って結希奈は机の上に置かれていた彼女の通学鞄から一枚の紙を取り出した。
それはA4サイズのチラシ。生徒会が作成したものだ。
「文化祭……?」
それは文化祭告知のチラシだった。結希奈によると、校内の掲示板にこれより大きなポスターも張り出されているらしい。
チラシにはこう書かれている。
・第78回 北高文化祭
・開催日時 10月1日~10月4日
・場所 1日目:本校舎校庭前
2日目:校舎内
3日目:部室棟
4日目:体育館・プール(後夜祭を本校舎前で行います)
「へぇ、こんな状況なのにやるんだね」
「こんな状況だから、やるらしいぜ、こよりさん。たまには気張らしもしないと、参っちゃうからな」
「と、生徒会長が言ってたんですよね?」
「うるせえぞ栗山」
斉彬と徹がそう言いあっているとき、慎一郎がチラシをのぞき込んで聞いた。
「この、『場所』ってのは何なんですか?」
「ああ、それか。今年の文化祭は参加人数が少ない上に外からのお客さんも来ないからな。日によって開催場所を限定して少ない人数でも楽しめるようにしたらしいぜ」
謎の封印によって外界と隔絶してしまった現在、北高の中にいる生徒はおよそ百人強。たしかに例年のように全校で模擬店をやり、出し物をして展示をしたら出展だけで手一杯になってしまい、誰も客が来ないなどということになりかねない。
「へぇ、よく考えてんな。で、結希奈はこれに店を出そうと?」
徹の言葉に結希奈は大きく頷いた。
「うん。ここで大きな利益を上げればしばらくの間はお金に困ることもなさそうだからね」
『なかなか面白そうな話じゃの。して、どんな店を出すのじゃ? わしは焼肉屋かラーメン屋が良いの。蕎麦も捨てがたい』
まだ何も言っていないのに、彼女の中で飲食店を出すことは規定事項のようだ。
「うん、ちょっとアイデアがあってね」
そういうと結希奈は再び鞄の中に手を突っ込んだ。
そして、そこから取り出したのは小さな結希奈の手のひらよりはふたまわりほど大きな箱。というか、弁当箱だ。
「……? いつもの弁当じゃないか」
弁当箱には三色そぼろが乗せられたご飯にアスパラのベーコン巻きや焼売(に見た目も味もよく似たダンジョン産の木の実)とダンジョン内で採れた茸の炒め物、そしてイノシシ肉の唐揚げ。
徹の言うとおり、結希奈の作るいつもの弁当だ。
「そう、いつもの弁当よ」
結希奈の顔はどこか誇らしげだ。
「あたし達〈竜王部〉の一番の特色って、やっぱ地下迷宮だと思うのよ。だから――」
『地下迷宮で採れた食材をふんだんに使ったユキナお手製の弁当というわけじゃな。うむ、うまい! シンイチロウよ、そこな唐揚げをもう一つ』
メリュジーヌはサンプルとして出された弁当を結希奈の断りもなく慎一郎に命じて食べさせている。
「確かに……もぐもぐ……結希奈の作る弁当は美味いけど……もぐもぐ」
メリュジーヌに言われるがまま弁当を口に運んでいる慎一郎が食べながら言う。
「けど、何よ……?」
慎一郎の言い方に結希奈の瞳がつり上がる。険のある言い方だ。
「いや……もぐもぐ……これでお客さんが集まるのかな……って……ごくん」
慎一郎は口の中の焼売を飲み込んで結希奈を見た。その真剣な表情に結希奈も彼に向き直る。
「同じ日には多分、家庭科部やバレー部も店を出すんじゃないかと思う。そういうところから新規の店が客を取るのは難しいんじゃないかな」
封印後に最初に食事を提供し、現在でも最大の食事処を持つ家庭科部と、アイスクリームの大ヒットも記憶に新しいバレー部は確かに競合として人気を博しそうだ。
『ブランド、というやつじゃな』
「ああ。そこに、地下迷宮産のお弁当というだけじゃ、ちょっと弱いと思う」
「確かにそうね……。でも、どうしたら?」
「いや、そこまでは思いつかないんだけど……。ごめん、否定意見ばっかりで」
「ううん、いいよ。慎一郎もちゃんと考えてくれてることはわかるから……」
うーんと結希奈も慎一郎も俯いて考え込んでしまった。他の部員達にもこれといっていいアイデアはなさそうだ。
と、その時――
「ねえ、ちょっと思いついた……というより、前から考えてたアイデアがあるんだけど……」
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