劇団メリュジーヌ

劇団メリュジーヌ1

                        聖歴2026年9月7日(月)


 一切の光が差し込まぬ暗闇の中を男女が歩いている。ひとりは腰に剣を差した目つきの鋭い男。もうひとりはその後ろを伏し目がちに歩く巫女姿の女。

 二人は無言のまま暗闇の中を歩く。その歩みに迷いはなく、まるで暗闇の中でも進むべき道がしっかりと見えているかのようだ。


 いや、実際に見えているのだろう。


 男は不敵な笑みをたたえてただ正面をまっすぐと見据えている。全てが彼の思うがままで、世界は彼が望むままに都合良く作り替えられていくと信じて疑わない。そんな自信が彼の全身からあふれ出ている。


 やがて、彼らの前に光が差した。

 そこは、地下にありながら気まぐれな魔法の作用により太陽の下であるかのような明るい光に照らされた部屋だった。

 魔法の光によって部屋の中には下草が育まれており、その下草が多くの草食系モンスターをを育てている。


 しかし、普段は多くのモンスターが草を食んでいるその部屋には招かれざる闖入者の気配を察したのか、彼ら以外の影はない。


 静まりかえった部屋を草を踏みつけ横切っていく二人。

 対角線上に歩き、目的地にたどり着く。


 そこは小綺麗に整備された一角。真新しい小屋が建ち、花が添えられている。魔術に長けた者であるならば、小屋には魔力が満ちているのがわかるだろう。


 男がそこに立つ。その脇を女がすり抜け、男の前に立った。

 そのまま巫女姿の女は跪き、後ろに立つ男の方に振り返る。

 男は無言なまま頷くと、女は跪いて胸の前で手を組み、目を閉じて余人には聞き取ることのできない祝詞を唱え始める。


 ほどなく、女の全身から紫色の魔力が溢れ出し、小屋を包み込んでいく。

 それは少しの間小屋の周りで滞留したかと思うと、少しずつ真新しい小屋の中に吸い込まれていった。


 二時間ほど女は祝詞を唱え続け、その精神力をすべて魔力へと変換した。魔力は小屋に吸い込まれたが、見た目は――魔術的にも――何も変わったような所は見当たらない。


 滝のような汗を流して巫女は草の生えた地面に手をつく。ぜいぜいと荒い息を吐き、その顔色は今にも倒れそうなほど青い。

 巫女が祝詞を唱えている間、身じろぎひとつしなかった男は、疲労困憊の巫女を一顧だにせず、見た目は彼らが来る前と全く変わらない小屋をじっと見るとにやりと笑った。


「いいぞ、完璧だ」

 男は上半身を丸め、身体を震わせた。笑いを堪えているのだ。右手を目に当てている。

「くくくくく……」


 やがて、堪えきれなくなったのか、彼は身体を大きく反らして大声で笑い始める。

「ふふふ……ははははは!」


 男はこれまで一言も発しなかったことが嘘のように饒舌に自らの胸の内を独白し始めた。

「いいぞ、成功だ! これで……これでようやくに復讐することができる。この俺をコケにした報いを受けさせてやる! ははははははははははははははは……!」


 勝ち誇ったかのように笑う男の足元では巫女がそれに反応することなく倒れている。

 時折、小さく咳き込んだかと思うと血を吐いているが、男はそんなこと気にとめもしない。


 しばらくして落ち着いたのか、男は倒れている巫女の方を見て汚らしいものを見るように一瞥した後、早足で歩き始めた。


「行くぞ、〈黒巫女〉。この調子で残りの儀式も行う。そうすれば……」

 そうは言ったものの、男は〈黒巫女〉と呼ばれた女のことなどすでに頭にないかのように自分のペースで歩く。が、少し歩いたところで立ち止まり、腕組みをして何事か考え始めた。


「そうか……そうすると奴らに対するアプローチも変える必要があるな。くくく……そうか、いいだろう。せいぜい俺の都合のいいように踊ってくれるがいいさ」

 男はそのまま暗闇の中に姿を消していった。


 そんな男のあとを追うように、〈黒巫女〉もよろよろと立ち上がり、ふらついた足でその場を去っていった。

 残された小屋のような小さな建物は、彼らがやってくる前と全く変わりなくその場に建っている。


 しかし、その有り様は以前とは全く異なった物になっていたのだ。

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