いのちの水をもとめて4
「こっちだ。間違いない」
綾子が鼻を動かしながら背の高い作物をかき分け進んでいく。そこから少し遅れて慎一郎と楓が続く。
ここはかつて北高のグラウンドだった場所。今では一面の畑となって、北高に取り残された生徒達の胃袋を満たしている。
いつものやる気のない養護教諭と本当に同一人物なのかと疑うほどの足取りで綾子は畑の中を進んでいく。畑の中で作業をしていた園芸部とおぼしき生徒が突然の来訪者の出現にぎょっとするのが作物の間に見えた。
「今井さん、大丈夫?」
「だ、大丈夫です……ひゃっ!」
慎一郎と楓も綾子のあとをついて畑の中を歩いて行くが、慎一郎に比べて体格で劣る楓ではこの作物の中はなかなか厳しいようだ。今もかき分けた作物のその反動で顔に当たって怯んでいる。そうしている間にも綾子はずんずん進んでいって、今にも見失ってしまいそうだ。
「今井さん、急ごう」
慎一郎が楓の手を取った。少女らしくひんやりした小さなその手は、一瞬ぴくっと揺れたかと思ったが、すぐに慎一郎の手を握り返してきた。
「はいっ……!」
結局、綾子は農場を突っ切って反対側まで歩いてきてしまった。ここはもう南の端、北高――〈竜海神社〉を囲う不可視の壁のすぐそばだ。
壁の近くには生徒会が張ったロープが設置されている。見えない壁があるので、誤ってそこに激突しないようにという配慮である。
綾子はそのすぐ側まで行って立ち止まった。
「先生!」
慎一郎と彼に手を引かれた楓が綾子の所まで駆け寄ってきた。
綾子のボサボサの髪には作物の葉や茎がいくつもくっついており、くたびれた白衣には作物を擦った跡であろう緑色の線がいくつも入っていた。
そんな綾子がゆっくりと振り向いて、一言。
「何だお前ら、着いて来てたのか」
『気づいておらなんだのか! なんともまぁ、たいした執着よのぉ』
メリュジーヌは呆れて言ったのだろうが、綾子にはそう受け取ってもらえなかったようだ。
「私のこれからの生活全てがかかっている。当然だ」
『いやはや……。わしも結構な酒好きと思っておったが、アヤコには到底適わん』
歴史の教科書にも出てくる竜王に褒められて胸を張る困った大人に、改めて慎一郎が訊いた。
「それで、先生。どこへ行くんですか?」
「ああ。酒の匂いは……」
言って、綾子は再び鼻をひくつかせる。
「ここから漂ってくるな」
綾子の見つめる方向には不自然な茂みがあった。
どう不自然なのかというと、ひと目でわかる。それはあたりの木々を切り落として紐で結び、ひとかたまりにした物が置かれているだけのもので、どう考えてもここに“何か隠しています”と宣言しているようにしか見えないのであった。
慎一郎が茂みをつかんで持ち上げる。それは思ったよりも軽く、地面に固定すらされていなかったので、ひょいと簡単に持ち上がった。
「ここから酒の匂いがする」
そこには、ぽっかりと地下に通じる穴があった。“
「待ってろよ。すぐに飲んでやるからな」
綾子はそう独りごちると、躊躇なく穴の中に身を投げ入れていった。
「せ、先生……!?」
楓が悲鳴を上げるが、後の祭りだ。
『放っておく訳にもいくまい。行くぞ、シンイチロウ、カエデ!』
「わかった」「は、はい!」
二人の生徒達も教師の後について穴の中へと飛び込んでいった。
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