変わりゆく幼なじみ4
徹が部室に帰ってきた頃、まだ昼前にもかかわらず、部室は大騒ぎだった。
「……? あいつら、もう帰ってきたのか?」
そんなことを呟きながら部室の引き戸を開ける。
「怪我人は?」
「保健室で辻先生が診ています!」
「詳しい話を聞ける状況にあるんですか?」
「意識は全員はっきりしています。重傷が何人かいますが、軽傷の方ならば話を聞く分には問題ないかと。念のために辻先生の確認を取ってください」
「わかりました」
徹が扉を開けたとき、そんな会話をしていた。生徒会のイブリース・ホーヘンベルクが部室に来ることはそれほど珍しいことではない――現に今朝も来ていた――が、慎一郎とイブリースがこれほど緊迫した話をしているのは珍しい。
何事かが起こっているかは一目瞭然だった。
部室内を見渡すと、部屋の中に光り輝く扉が現れており、そこからこよりが出てくるところだった。今まさに地下迷宮から〈
「慎一郎、どうしたん――」
「悪い、徹。説明は歩きながらだ」
慎一郎は徹の言葉を遮ると、部員全員が〈転移門〉から出たのを確認して、「みんな、保健室へ!」と皆を誘導する。
「あ、あの……。ぼ、僕はどうすれば……いいんでしょ? うひ!」
部室を出ようとする慎一郎に姫子が声を掛けた。慎一郎は少しだけ考えてから、
「外崎さんは部室に残ってください。もしかすると――いや、多分このまま再出撃することになると思います」
「わ、わかった! わかりました……。はふぅ」
姫子を残し、慎一郎と部員達はイブリースとともに部室を後にし、保健室へと向かう。徹も後についていった。
「弓道部がモンスターの群れに襲われて壊滅したらしい」
「弓道部って……弓道部は上の担当じゃなかったのか? それがモンスターに襲われただって!?」
慎一郎は早歩きで保健室に向かう道すがら徹に事情を説明する。
『うむ。わしらが恐れていたことが現実に起こり始めているのかもしれぬ』
地下迷宮の探索を生徒会から依頼された〈竜王部〉と似たような形で、弓道部は校内の地上部分――〈竜海の森〉の探索と警戒を生徒会から依頼されていた。
弓道部は県大会でも毎年上位に入賞しており、全国大会常連の剣術部ほどではないにしろ実力を持った集団として知られていた。
これまで弓道部の活動に問題はなく、取り立てて問題も生じていないので表に出ることも少なかったが、最近見つかった地下迷宮への入り口のいくつかは弓道部が発見したものである。
これまでも小規模なモンスターが地上に迷い込んだ例はあったらしいが、それらは全て弓道部が処理して問題の芽を摘んでいた。
「弓道部のパーティが全滅するレベルのモンスターが地上に出てきたってことか……。もしかして、〈守護聖獣〉?」
『可能性は高い。じゃからわしらがこうして緊急で呼び出されたというわけじゃ』
「ちっ……。よりによってこんな時に……」
そうしている間に保健室の前までたどり着いた。イブリースが保健室の扉を開ける。
「失礼します」
さながらそこは戦場のようであった。
消毒用アルコールと汗の入り交じったような匂い、空調がきいているはずなのに外よりも高い室温、ぴりついた雰囲気、そして飛び交う怒号――
「包帯の替えがない! 持ってきて!」
「そっちはいいから、先にこっちに回復魔法をお願い!」
「ああ、お母さん……」
「きゃぁぁぁ、も、モンスターが!」
保健室には合計六個のベッドがあるが、それだけではとても足りず、簡易ベッドが三台置かれているが、軽傷と思われる生徒はそれすら与えられず毛布を敷いただけの床の上に寝かされている。
「こりゃぁ……」
呆然とする斉彬の横を結希奈がすり抜けていった。
「先生、あたしも手伝います」
「高橋か。助かる」
簡易ベッドに寝かされた重傷の生徒に回復魔法をかけながら養護教諭の辻綾子が答えた。
普段は酒浸りでやる気のかけらも見当たらないダメな大人の典型例だったが、そんな一面は今の真剣な表情からは微塵も見受けられない。
「細川は薬草の調合を頼む。痛み止めと止血、睡眠導入に効果的なのを頼む。イブリースはこっちだ」
「わかりました!」
「はい、先生」
綾子に仕事を頼まれたこよりは薬草を取りに保健室を出て部室へと走っていった。イブリースは保健室の奥へと入っていく。
『これは、とても話を聞ける状況ではなさそうじゃな』
「ああ……」
残された男子三人とメリュジーヌは戦場と化した保健室の隅で所在なさげに立っているしかできなかった。
「あの、〈竜王部〉の方でございますか?」
そんな折り、彼らに女子生徒が話しかけてきた。
制服を着た、つやのある黒髪がよく似合う女子生徒だ。身長は徹よりも高いから、やや長身と言える。すらりとした体型と長い手足が特徴的だ。
今ここで話しかけてくるということは弓道部の部員だろうか。しかし、この女子生徒に怪我らしい怪我はなく、制服や髪型も乱れてはいない。モンスターに襲われてパーティが壊滅した一員には見えない。
「そうですけど……」
頭にクエスチョンマークを浮かべながら慎一郎が答えた。すると女子生徒は神妙な表情をして話を続ける。
「弓道部の
「えっ!?」
徹の情報によると、今井楓は弓道部の一年生。高校に入ってから弓道を始めたが素質があり、上級生からは期待の一年生としてかわいがられていたという。身長は一六二センチ、胸のカップはCだそうだ。
「お前どうやってそんな情報手に入れるんだよ……」
「蛇の道は蛇ってやつですよ、斉彬さん」
慎一郎、徹、斉彬の三人は楓に促されて校舎内を歩いていた。保健室で話すよりも別の所の方がいいだろうと、今は使われていない空き教室に行くことになったのだ。
「ここでよろしいかと思います」
保管室から数えて二つ隣の教室の前で楓が立ち止まった。三人が教室の中に入ろうとするとぼそりとつぶやく声が聞こえた。
「む、胸はCじゃなくてDです……」
その声は慎一郎にしか聞こえなかったようだ。思わず彼女の方を見るが、楓の顔は耳まで真っ赤だった。
「ウマのモンスターの群れに襲われたんです……」
空き教室には当然だが誰もいない。封印前は三年生の教室だったので、机が整然と並んでいる。楓と〈竜王部〉の三人は窓際の机をいくつか並べてその周りに座った。
「ウマのモンスター……」
『やはりな』
見ると、窓の桟に腰掛けるように座って腕組みをしているメリュジーヌが頷いた。
「その、ウマのモンスターに襲われたのはこの辺りじゃないですか?」
慎一郎が北高の地図を開き、ある地点を指さす。
そこは、北高の校舎から最も遠い北の端、“午”のほこらがあると目されている場所だ。
「ここ、ここです!」
それまで小さく座っていた楓が突如立ち上がって食い入るように地図を見ている。
「話して、くれますか?」
慎一郎が楓に言うと、楓は再び椅子に腰掛けて、こくりと頷いた。
弓道部は部員十一人の中規模の部でありながら、毎年県大会では上位入賞者を出している強豪である。
その実績を買われ、北校封印後は生徒会から北高の地上部分――〈竜海の森〉の巡回警備を任されていた。
女子だけの部であったが、これまでいくつもの地下迷宮への入り口を見つけ、また地上に迷い込んできたモンスターを退治していた。その実績は自他共に認めるものである。
しかし、弓道部はそれで慢心することなく、常に緊張感と警戒心を持って日々の活動を行っていた。それが弓道部が強豪でいられる秘訣だったからである。
「その日、私は部室に残る〈
楓が静かに話し始める――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます