変わりゆく幼なじみ3

 部室棟の裏にある穴から地下迷宮に入る。

 そこは剣術部員達の手によって階段と手すりが整備されていた。それは剣術部員達がまだ他の生徒達と完全に決別していない希望のように徹には思えた。


 週に何度も通っている道だ。今更迷うこともなく地下迷宮内の剣術部部室へと向かっていく。

 地下に生えた木々の間にまだ真新しい木造の屋根のない小屋が見えてくる。北高と港高の剣術部部室だ。


「待て」

 木々を抜ける前に声を掛けられた。前の木から二人の生徒が出てくる。袴姿で、腰に剣を差した二人組。北高が封印されたあの日、隣の県から北高まで遠征試合に来ていて巻き込まれた港高の剣術部員だ。


「雅治さんいるか?」

 徹の行く手を塞ぐように立つ剣術部員に聞いた。学校は違うとはいえ、何度もここに来ている身だ。知らない相手ではない。


 しかし、徹に投げかけられた言葉は彼の思いも寄らぬものであった。


「何者だ? ここが剣術部の部室と知ってのことか? 部外者は立ち入り禁止だ、出て行け」


「は?」

 思わず間抜けな言葉が出た。


「何者だって……いや、俺だよ。栗山。栗山徹。お前達とも何度か話したことあるだろ? 冗談きついよ」

 ははは、と徹は笑うが、目は全く笑っていない。

 実は今までもういうことはあった。今まで親しく話していたかと思うと突然人が変わったかのようにこちらを部外者と警戒して排除しようとする。


「何を言っているのか知らんが、とにかく部外者は立ち入り禁止だ。立ち去れ。さもないと――」

 二人が同時に腰の剣に手を掛けた。全く同時に、全く同じ動作をするのが気持ち悪い。


「よう、どうした?」

 その時、彼らの後ろから人影がやってくるのが見えた。


 港高生と同じく袴姿だが微妙に異なるデザイン。小柄だが引き締まった体型に鋭い瞳で油断なくこちらを見つめているが、口元は微笑んでいる。


 炭谷豊すみたにゆたか。北高剣術部の一年生だが、未だに徹はそれ以上のことを知らない。


 徹は自然と身構える。それもそのはずだ。徹は以前ここへ来たとき、この炭谷と一悶着起こして危ういところだったことがあるのだ。

 ゆっくりとこちらにやってくる炭谷に港高生たちが事情を話した。しかし、一見朗らかな炭谷の表情が崩れることはない。


「ああ、そいつはいいんだ。入れてやりな」

「しかし……」

「俺がいいっつてんだよ!」


 一瞬だが、殺気が膨れ上がった。それは徹の方へ向けられたものではなかったのだが、それでもただの高校生が、こんなタイミングで出す殺気ではなかったことはよくわかる。


「わ、わかりました……!」

 その殺気を正面から受けた剣術部員達は逃げ出すようにその場を退散していった。


「秋山に用があるんだろ? 行けよ」

 先ほどの殺気が嘘のように炭谷は徹に微笑みかけた。それは友好的に見えなくもなかったが、徹には獲物を弄ぶ肉食獣のようにしか見えなかった。




「最近、お前が来るのはだいたい苦情を言いにだな」

「俺も、あまりこういうことは言いたくないんですけどね」

 マネージャーの岸瑞樹に応接室に通され、秋山と面会した。


 丸太造りの小屋の中に置かれているテーブルに向かい合って座る。その上には瑞樹が煎れたお茶が置かれているが、徹はそれに手をつけるつもりはなかった。


「家畜盗難騒ぎの次は暴力沙汰。暴力沙汰と言ってはいるけど、一歩間違えればシャレにならない事態ことになってましたよ」


 秋山は徹にとって幼なじみで、頼りになる兄貴分だ。だが、いや、だからこそここではしっかりと言っておかなければならない。いつものヘラヘラした徹はそこにはおらず、真剣に秋山に対峙している。“雅治さん”ではなく“秋山部長”にだ。


「金子達が北高生達に刃を向けたことは俺も承知している。この迷宮の一部を私物化しようとしたこともだ。その件については金子に再発防止を求めた」

 そして秋山は「すまん」と深々と頭を下げた。


「雅治さん……」

 生徒会からは再発防止の徹底を申し入れるように言われていたが、徹にはそれ以上の提案があった。身内とも言える北高剣術部を救いたいという気持ちは他の誰よりも強い。


 徹は頭を下げたままの秋山に切り出した。

「雅治さん、北高剣術部だけでも戻らないか? 問題を起こしているのは港高ばかりだし、俺が生徒会に話を通す。今ならまだ……」


 秋山がゆっくりと顔を上げる。最初無表情だった秋山の顔はやがて憤怒に染まっていく。


「ふざけるな!」

 激しく机を叩き、その衝撃で机の天板にひびが入った。


、何のつもりがあって俺たち剣術部を割ろうとする! さては貴様、菊池のスパイだな!」


「雅治さん……」

 驚きの表情の徹。しかし、徹は心のどこかでこうなる時が来ることを予想していたのかもしれない。


 港高の剣術部員や、北高の剣術部員でも徹とそれほど親しくない部員には時々見られたまるで人が変わったかのような態度の豹変。

 それが秋山に起こらないとどうしていえよう?


 漠然とそんなことを考えている間にも秋山の怒りはエスカレートしていく。

「おい、誰かいないか? このスパイを追い出せ!」


 秋山の呼びかけに、二人の北高剣術部員が部屋に入ってきた。二人とも徹がよく知る生徒達だ。


「雅治さん! 俺の話を聞いて下さい! 俺ですよ、栗山徹! わからないんですか?」

 剣術部員達に引っ張られるようにして部屋を追い出される中、徹は必死に秋山に呼びかけるが、まるで反応がない。


「くそっ、どうしてこんなことに……!」

 小屋の外まで引っ張られた後、突き飛ばされて徹はつんのめって数歩歩く。

 その目の前にジャージ姿の細い足が見えた。


 徹が顔を上げた。そこにいたのは岸瑞樹きしみずき。秋山と並んでもっとも付き合いの長い、幼なじみだ。


「瑞樹……」

 すがるような気持ちで瑞樹を見る。が、その直後、徹は絶望に沈んだ。


「……お帰りを」


 何も映っていないようなうつろな瞳で瑞樹は言うと、そのまま徹に向けて塩を撒いてきた。


「くそっ、俺は厄介な客かよ!」

 そう悪態をついて部室を去るしかなかった。後ろは振り返らなかった。まるで見知らぬ存在を見るような瑞樹を見るのが怖かった。




 そんな徹を木陰からじっと見つける一組の瞳があったが、徹にはそれを知るよしもない。

 木陰の人物はにやりと口角を上げると、その場を立ち去っていった。

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