変わりゆく幼なじみ2

 〈竜王部〉の目下の目標は、“うま”の〈守護聖獣〉を探し出すことにある。

 これまで得た情報と経験によると、“午”は北高がある〈竜海の森〉のもっとも北側――敷地内の南側にある校舎からはもっとも離れた場所にあると目されている。


 最初はそこまで行くことさえ大変だったが、慎一郎達の実力も上がり、また近道や〈竜海の森〉内部に新しく見つかった迷宮への入り口などを駆使して、今では付近に行くだけならばそれほど苦労も掛けずに行くことができるようになっていた。


 しかし、それでも“午”は見つからない。〈守護聖獣〉もほこらも。


 すでに付近の探索はあらかた尽くしていた。今日は前日に見つかった新しい通路の先を目指すことにしていた。この通路は下へと伸びている。もしかするとこれまで以上に地下深くに潜っているのかもしれない。

 しかし、そのルートはなかなかの難関であった。




「左から羽虫が新しく三、いや四!」

 後方で見渡すようにあたりを見ているこよりがモンスターの増援をいち早く告げる。


「くそっ、キリがない! 浅村、頼めるか?」

 斉彬が彼よりもふたまわりほど大きなクマのモンスターを押さえながら叫んだ。

 しかし、その慎一郎も前方からうじゃうじゃと沸いて出るように襲いかかってくるモグラのモンスターの処理で手一杯だ。


『わしがやる! ユキナ、予備の剣を!』

「わ、わかったわ!」

 結希奈が戦闘開始とともに脇に置かれた慎一郎の鞄から予備の剣を取り出し、慎一郎の方へと投げる。


 しかし慎一郎はそれを受け取るそぶりも見せない。彼の近くまで剣が投げられたとき、ふわりと剣が宙に浮いた。

 剣はそのまま、誰かが持っているかのように鞘から抜かれ、刀身を露わにする。


『シンイチロウ、ここは任せるぞ。できるな?』

「大丈夫だ!」


 モグラのモンスターの前で振り回されていたのうち、宙に浮かんでいた一本が今投げられた剣とともに左側から襲いかかってくる羽虫に斬りかかった。


『身体を持たぬとはいえ、竜王を甘く見るな!』

 宙に浮いた二本の剣はまるで社交ダンスを踊るように優雅に軽やかに舞いった。魔法の力で不可視の腕を作りだし剣を握る、メリュジーヌの〈浮遊剣〉である。


 浮遊するように見える二本の剣は瞬く間に四匹の羽虫の羽根だけを切り落とした。地面に落ちた羽虫はもがくだけでなにもできない。


『くっ、これで終わりではないのか!』

 四匹の羽虫を片付けたかと思えばその後方からさらに何十匹もの羽虫がやってくる。


 さしもの竜王も二本の剣だけで次々襲いかかってくる羽虫を全て切り落とすのは困難だ。最初はなんとか全てを切り落としていたが、やがて押され、羽虫はついに後方で彼らを守る結希奈へと襲いかかる。


「きゃっ!」

『しまった!』

「結希奈!」


 しかしそれらは慎一郎が切り落とした。慎一郎とメリュジーヌは感覚を共有しているからメリュジーヌが取り逃した羽虫にいち早く気がついたのだ。


 間一髪で羽虫から難を逃れたが、それは危ういところで均衡を保っていた、戦線の崩壊を意味した。


 慎一郎がこれまで押さえていたモグラのモンスターがチャンスとばかりに一気に押し寄せてきた。タイミングを合わせるように、斉彬と組み合っていたクマが猛ラッシュを仕掛けてくる。


「まずい……!」

 慎一郎が叫んだ。しかし、次の瞬間――


 ズン、という大きな音とともに天井から巨大な柱が生えてきて殺到してきたモグラの多くとクマを押しつぶしてしまった。


「あ、あぶなかった……」

 そう言ったのは後方で大粒の汗を流しながら地面に腕をついているこよりだ。彼女が得意とするゴーレムを創り出す錬金術の技を応用して、迷宮の天井の岩の組成を変えて柱を生やしたのだ。


 しかしそれはこよりに大きな負担を変えるらしく、柱はすぐにばらばらに砕け散った。


 そこから飽きもせずにさらにモンスターが押し寄せてくる。

「くっ、今度はアリか!」

 言いながらも斉彬は巨大な両手剣〈デュランダルⅡ〉を振り回してアリを蹴散らす。


「竜海の森を守る竜よ……」

 結希奈の祝詞ともに、周囲の部員達の身体が淡く光る。それに伴って身体が軽くなり、疲労が抜けていくようだ。

 結希奈の白魔法、〈疲労軽減リカバリー〉である。


「サンキュー、高橋!」

 元気を取り戻した斉彬が剣を軽々振り回す。一振りで複数のモンスターが吹き飛ばされる。


「しかし……」

 慎一郎の顔が曇る。今はまだ体力にも、結希奈の精神力にも余裕があるからいい。しかしこの、いつ尽きるともしれぬモンスターの群れを全て捌ききれるのか? どこで撤退の線引きをすべきか……。


『いや、手はある』

 彼の考えを敏感に悟ったメリュジーヌが耳では聞き取れない声で言った。


 慎一郎は敵を捌きながらモンスター達の奥にいる存在を見る。

 薄暗いその部屋の中央に位置するのは、イソギンチャクに目玉が生えたようなモンスター。天井からぶら下がっている。


 ぼうっと自ら光を発するそのモンスターは、慎一郎達がその部屋に入ったときからそこにぶら下がっていた。


 慎一郎達が慎重に様子をうかがいながら部屋の中を進んでいくと、突然幾本もある触手をうねうねと蠢かせたかと思うと、周囲に魔力を放射させた。

 そこからである。さまざまな種類のモンスターが狂ったように慎一郎達に襲いかかってきたのは。


『おそらく、いや間違いなくあのイソギンチャクがモンスターを呼び寄せておる』

「てことは、あいつをぶっ倒せばこのモンスターどもも収まるって寸法だな!」

 斉彬の剣を振る手がますます勢いづく。


「でも、ようやってあそこまで行くの? このままじゃ……」

 結希奈が心配顔で言った。確かに、次々押し寄せるモンスターを相手に二十メートルほど離れたイソギンチャクのモンスターの所までたどり着くのは並大抵のことではない。


「魔法で何とかならないか? うまく当てられれば……」

「……やってみる」

 慎一郎の提案に結希奈とこよりが呪文を唱え始めた。


「風よ!」「氷よ!」

 二人の魔法がほぼ同時に完成した。結希奈の風の刃とこよりの氷の塊が飛んでいく。


 ――しかし。


「……!!」

『なんと!』


 二人の魔法がイソギンチャクに今まさに命中しようとしたその時、イソギンチャクの目が紫色に妖しく輝き、次の瞬間何事もなかったかのように二つの魔法はかき消えてしまっていた。


「そんなんありかよ!」

 斉彬が抗議の声を上げるが、当然モンスターはそんな声に動じたりはしない。


『魔法障壁を持っておるとは……。あんな高等な魔法生物が何故ここに……?』

「それよりも倒す方法はあるのか、メリュジーヌ?」

 慎一郎が再び押し寄せてきたアリのモンスターを牽制しながら言った。


『魔法障壁を持つということは、魔法に弱いということじゃ。あの障壁の内側までくぐり抜けて魔法を放つことができれば……』

「内側って……どうやってそんなところまで行くのよ、この状況で!」

 目前まで迫ってきたアリを杖で叩きながら結希奈が叫んだ。このままでは数の暴力の前に〈竜王部〉は全滅だ。


「わたしに考えがあるわ。みんな、三分……いえ、二分でいいから時間をちょうだい」

「わかりました!」

「こよりさんのためなら!」

 こよりの提案に慎一郎と斉彬が返事をして、結希奈は無言で頷いた。


 こよりが地面に手をついて呪文を唱え始めた。それを守るように男子二人は女子二人を庇うように立ち、敵を倒すのではなく牽制するような動きでそれぞれの武器を振る。


 結希奈は前に出て戦う男子達のサポートをしながら、それを抜けてきたモンスターの対処をした。


「道をあけて!」

 二分後、こよりが叫ぶと慎一郎と斉彬は躊躇なく横に飛んだ。


 その直後、彼らの今までいた場所に巨大な炎の塊がイソギンチャクに向けて放たれた。

 こよりの渾身の魔法は、射線上にいたモンスター達を丸焼けにし、あるいは怯ませたが、肝心のイソギンチャクに命中する前に見えない魔法の壁に阻まれて消滅した。


『それでは障壁は破れん、先ほどと同じじゃ!』

 メリュジーヌが叫ぶ。


 しかし、こよりの目的はこの時点で達成されていた。


 モンスターの海の中に一瞬生じた裂け目。それはまるで聖者が海を割った奇跡の物語を見ているようだった。


「レムちゃん、行って!」

 こよりの号令とともに影が飛び出していった。それは普段こよりが作り出すゴーレムよりは一回りほど大きなゴーレム。しかし決定的に異なるのは大きさではなく。その胸部にあった。


 ゴーレムの胸は赤く鈍く光っている。まるで内部に火の玉を蓄えているかのように。


『なるほど、よく考えた!』

 こよりの意図を察したメリュジーヌが仮想の膝を打った。


 ゴーレムはモンスター達の間を誰にも邪魔されることなく走っていき、やがてイソギンチャクの元までたどり着いた。


 イソギンチャク本体には攻撃能力がないのか、それともそれを何の脅威とも思ってないのか、ゴーレムが目の前に来ても何の反応も示さなかった。


 しかし、それが致命的だった。


「爆!」


 こよりのかけ声とともにゴーレムは四肢を爆散させた。ゴーレムの内部に格納されていた〈爆炎〉の魔法が跡に残り、一瞬縮んだかと思うと次の瞬間、耳をつんざくような大爆発を起こした。


 しかしその爆発はまるでガラスのケースに入っているかのように一定の距離から外へは出てこない。イソギンチャクの魔法障壁が作用して、内部だけを焼き尽くしたのだ。


 爆発が収まったとき、イソギンチャクの肉体は光化して消滅するところだった。


 あとは簡単だった。周囲に群がるモンスター達は統率をなくして烏合の衆と成り果てており、そのうちの何匹かを倒すだけで後のモンスターは逃げ出していった。


『なんとか乗り切れたようじゃな。でかした、コヨリよ』

「さすがは俺のこよりさん!」

 皆が口々にこよりを褒める。こよりは照れながら「とっさの機転にしてはうまくいったわ」と頬をかいた。




「けどよぉ……」

 しばらくして、斉彬がため息をついた。


「あれだけ苦労した結果がこれはないぜ」

 がっくりと肩を落とすが、他の皆も同じ思いだ。


『まだわからぬ。隠し通路があるやもしれぬ』

 メリュジーヌにそう言われて慎一郎達は散らばって部屋の中を調べ始める。


 そう、せっかくの思いでクリアにしたこの部屋には入り口のほかに通路は繋がっておらず、完全な袋小路だったのだ。


『まあ、こういうこともあろう。気を取り直して――』

「ちょっと待って。〈念話〉が……」

 結希奈がこめかみに手を当てた。


「もしもし、イブリースさん?」

 電話の相手はイブリースらしい。


「珍しいですね。迷宮探索中に副会長が〈念話〉してくるなんて」

「またオレ達に頼み事なんじゃねーのか? まったく、人使いの荒いお姫様だ」

 慎一郎と斉彬がそんな話をしている間にも結希奈とイブリースの〈念話〉は続いている。


「はい、はい、はい。え? 本当ですか!? はい、わかりました。すぐ戻ります」

「…………?」

 そして〈念話〉が切れてこめかみに当てた手を離すと、慎一郎の方を見て言った。


「慎一郎、今すぐ戻るわよ」

「え? まだ昼前だけど……?」

 慎一郎の反論に有無を言わさず、結希奈は再び〈念話〉を始めた。


「あ、もしもし。外崎さん?」

 慎一郎と斉彬、こよりはきょとんとして顔を見合わせるほかなかった。

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