混沌の迷宮5

 多くの部が迷宮に来るようになって、いいこともある。


 ひとつは、他の生徒達がモンスターを倒してくれるので、ウシやイノシシのモンスターが出る付近はモンスターの数が少なくなっていることだ。

 そのため、合唱部の助けに行く直前の場所まではすぐに戻ることができた。


 合唱部の救援を終えた〈竜王部〉は先ほどの場所まで戻り、そこから闇をかき分け、モンスター達を蹴散らし、先に進んでいく。

 やがて三叉路にたどり着いた。


「左は前行ったところね。右はまだ行ったことないかな」

 こよりが魔法のマップを見ながらナビゲートする。一行は三叉路を右に進もうとした。


 その時、最後列を歩く結希奈が足を止めた。

「ねえ、なんか聞こえない?」

 その言葉に全員が足を止めて耳を傾けた。


「確かに……」

「何か聞こえるな」

『誰かの争うような声ではないか?』

「やれやれ、またか……」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。行くぞ!」

 皆はとって返して音のした方――三叉路の左へと進んでいった。


 走ると最初はその足音に紛れて音が聞こえなかったその声も、徐々に大きくなり、その距離が近づいていることがわかる。


「はぁっ、はぁっ……!」

 一行のうち、もっとも体力がない結希奈が遅れがちだ。


「結希奈、もうちょっとだからがんばって!」

 慎一郎がいち早くそれに気づき、結希奈の手を取って一緒に走る。ここで彼女を置いておくのはあまりに危険だ。

「ありがとう。でも、大丈夫だから」

 慎一郎は少しでも負担を軽くしようと彼女の鞄を持ってあげた。結希奈の息は多少は落ち着いたように見える。


 そうして走っているうち、奥から聞こえてくる音に変化が現れた。

 キィンという、金属同士をぶつけたような甲高い音。


「これは……」

『戦っておる……! これは、剣と剣がぶつかり合う剣戟の音じゃ……!』

「みんな、急ごう!」

 一行は更に速度を上げて音のする方へと向かっていった。




 角を曲がろうとしたときだった。

 先頭を走る斉彬の目の前に影が現れた。咄嗟のことで彼は反応できず、彼に衝突した影を抱きかかえるような形になり、そのまま後ろへつんのめった。


 それを好機と捉えたのか、角からもう一つの影がまろび出でて上段の構えから剣を振り下ろしてきた……!


「きぃああああああああ……!」

「……!」

「斉彬くん……!」

 男の裂帛の気合いと息をのむ斉彬、こよりの悲鳴が同時に響く。斉彬は影を抱きかかえていて対処ができない。


 が、次の瞬間、


 慎一郎の〈浮遊剣〉だ。それはただ剣を飛ばしているのではなく、不可視の魔法でできた“第三の腕”で持っているために受け止めるなどという芸当ができる。


 男の剣を受け止めた慎一郎の〈エクスカリバーⅡ〉は、つばぜり合いの末、男の剣を弾き飛ばした。

 男の剣は大きく跳ね飛ばされ、遙か後方の地面に落ちた。


「斉彬さん!」

「斉彬くん、大丈夫……!?」

 徹やこより、結希奈が遅れてやってきた。尻餅をついた状態の斉彬を囲うようにそれぞれが立つ。


「悪い、助かった……!」

 どうやら、斉彬も、斉彬が抱きかかえる形になった影――ジャージ姿の男子生徒も無事のようだ。


「おい、お前ら! 一体ここで何をやっている!」

 男子生徒を脇にどかし、立ち上がった斉彬が相手の男子生徒に向けて怒鳴り声を上げた。


 見覚えのない生徒だ。いや、正確には目にしたことがあるかもしれないが、記憶に残るほどの交流をしていない生徒というべきかもしれない。


 北高のとは異なる剣術の袴を着た彼らは港高の剣術部部員。


 奥の方にいた他の部員達も集まってきて慎一郎達と対峙する。その数、四名。

 彼らがそれまでいた暗がりには、固まって震えているジャージ姿の男子生徒達。斉彬に抱きかかえている齋藤を部長としたバスケ部の部員達だ。


「どうした?」

 遅れて奥から悠然とやってきた港校生が、慎一郎に剣を弾き飛ばされた生徒に聞く。腰のネームプレートには『金子』と書かれている。彼がこの中のリーダーなのだろう。


「部長!」

 港高生の顔に笑顔が浮かぶ。しかし、すぐにその表情は険しいものへと戻った。


「こいつらが……突然割り込んできて……」

 それだけを聞くと、金子は慎一郎のことを見てふっ、と薄く笑った。


『なんじゃこやつは、失礼な奴じゃのぉ!』

 メリュジーヌが憤慨するが、当然その声は相手には届かない。


「北校生か? 悪いが、ここから先はおれ達、港高剣術部のテリトリーだ。おとなしく立ち去ればよし、そうでなければ……」


 言って、腰の剣に手をかける。それは剣術で使われる刃を落とした剣だったが、金子のたたずまいから推し量れる彼の力量から察するに、それを食らえばただでは済まないと思われた。


「テリトリーだと!? ここは北高だぞ! それを――」

 斉彬の言葉を遮るように金子が吠える。


「そうだ! ここは北高だ! おれ達は巻き込まれたんだ! なのに貴様らは謝罪もせず、生徒会の指示に従えだと? ふざけるな! だからおれ達はお前らから離れたというのに、今またおれ達の領域を侵そうとしているじゃないか!」


「北高だ港高だって、馬鹿なこと言うんじゃねえ! みんなで協力しなきゃいけないのに、何勝手なことやってるんだ! 今からでも遅くはねえ! 来いよ! 来て、オレたちに協力しろ!」


 斉彬が金子を睨む。

 金子はそれにも怯まず、〈竜王部〉の全員を制するようにあたりをゆっくりと見渡す。

「もう遅い。オレ達は貴様らと袂を分かった。今更どの面下げて戻れと? オレ達は誰の庇護下にも入らない! 部員達はオレが責任を持って守る!」


「金子さん、あんたまだそんなこと言って……」

 金子はその声の主の方を見た。徹だ。苦しげな表情の徹を冷たい目で見る。嘲笑だ。


「栗山か。お前だけは他の奴らとは違うと思っていたんだがな。所詮はか。見込み違いだな」


「逃げたって、どういうことですか? ……訂正、してもらえますか?」

 徹への視線を遮るように金子の前に立ちはだかったのは慎一郎だ。慎一郎はじろりと金子を睨むと、金子は思わず半歩下がった。


「何だお前は? 部外者は黙っていろ!」

 金子が逆に慎一郎を睨みつけるが、慎一郎はびくりともしない。


「浅村慎一郎。こいつの……親友です」

「慎一郎……」

「ほう……お前が……」

 金子が感心したかのように慎一郎を見る。


「訂正、してもらえますか? 徹は逃げてなんかない」

 慎一郎が一歩前へと踏み出す。今度は金子は怯まなかった。


 金子は「訂正はしない」と慎一郎に向けて放ち、更に続けた。

「かつて全国大会の常連でもあった栗山道場の栗山徹が、剣術を辞めてこんなヌルい馴れ合いの部活動で、しかも魔法使いだと? それのどこが逃げていないというのだ!!」


 その言葉には怒りが込められていた。彼も中学時代の徹のことは知っていたのだろう。剣術一筋の彼にとって、それは許されないことなのかもしれない。


「違う!」

 しかし、今の金子の言い様こそ、慎一郎にとって許せるものではなかった。


「生まれたときから定められた道を途中から変えたとしても、自らの進むべき道を自分で見定めたことを賞賛されこそすれ、貶されるいわれは全くない! 金子さん、あなたは間違っている!」


『よくぞ言った……!』

「慎一郎……」

 慎一郎の断言に徹を始め、彼の仲間達に笑顔が浮かぶ。しかし、金子の心にはなにひとつ響かなかった。


「ならばどうする……?」

 金子は慎一郎の腰をちらと見た。そこには、鞘に入れられている二本の〈エクスカリバーⅡ〉。


 金子はにやりと笑った。

「古来から、剣士同士のもめ事を解消する術はこれと決まっている」

 そう言って金子は自分の腰に下げられている剣に手を当てた。


「金子さん、あんた何を言って……!」

 徹が慌てて彼らの間に割って入ろうとするが、慎一郎が片手を挙げて徹を制した。


「わかりました。剣で決着をつけましょう」

「慎一郎!」「浅村!」「浅村くん!?」


「大丈夫。ここは俺に任せてほしい」

 そう言って慎一郎は〈エクスカリバーⅡ〉の入っている鞘に手を触れた。

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