混沌の迷宮6
迷宮内の通路にやや離れて二人が立つ。
横幅、高さともに四メートルほど、長さ三十メートルほどのまっすぐな回廊。傾斜はほとんどと言っていいほどない。両者にとって平等なフィールドと言えた。
「使用武器は自由。先に戦闘不能になるか、降参した方が負け。いいな?」
五メートルほど離れて二人の男子生徒が立つ。袴姿で長身の金子清が勝負の条件を提示した。
それに慎一郎は無言で頷く。
金子が腰に差してある剣術用の剣を抜く。それは剣術の試合で用いる一般的な直剣だが、大柄な彼の身長に合わせて刀身がかなり長い。彼はそれを両手で持ち、身体の正面で構える。
慎一郎も剣を抜いた。姫子が鍛えた〈エクスカリバーⅡ〉を二本、それぞれの腕で持ち、右前の半身で構える。
そして、三本目の剣を抜こうとしたとき、メリュジーヌに止められた。
『待て』
「?」
『“三本目”は抜かずともよい』
「どういうこと?」
メリュジーヌの声は金子を始め剣術部のメンバーには聞こえない。だから慎一郎は彼らに聞こえないように、極力口の動きを少なくしてメリュジーヌと話す。
『敵に必要以上に手の内を見せるべきではない』
“敵”という言葉に慎一郎はぞくりとした。今まで彼が剣を向けてきた相手はモンスターばかりで、あの手も足も出なかった“寅”の〈守護聖獣〉を除けば知性のない化け物ばかりだったことを今更ながら気づかされたのだ。
「いざという時のために取っておくということ?」
『それもあるが、わしの目論見では……。いや、何でもない。とにかく、この戦いは両手の剣だけで戦え。わしからの課題じゃ』
「……わかった」
釈然としない部分もあったが、剣術の師であるメリュジーヌにそう言われては従わないわけにもいかない。
「どうした? 来ないのか?」
そうしている間に金子がしびれを切らしたのか挑発してくる。
「来ないのなら、こっちから行くぞ!」
その瞬間、金子の姿が大きく見えた。気のせいではない。鍛え上げた脚力を生かして瞬時に慎一郎との差を詰めたのだ。
「きえぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
上段から一気に振り下ろす。その動きは先ほど剣術部員がバスケ部の男子生徒相手に見せたものと同じだが――
「早い……!」
『ほう……』
メリュジーヌが感心するほどの速さで振り下ろされる一撃。慎一郎は咄嗟に――ほとんど反射的にこれをかわす。
「オレの上段をかわすとは……。やるな一年。だが……!」
金子の攻撃はその一撃で終わらなかった。振り下ろした剣はそこからVの字を描くように急角度で軌道を変化させ、そのまま斬り上げる。
「……!」
しかし、その動きを読んでいた慎一郎はこれも回避。
金子はそこから横薙ぎの一撃に切り替える。
慎一郎はこれを冷静に右の〈エクスカリバーⅡ〉でいなすと、流れるような動きで左の〈エクスカリバーⅡ〉を金子に突き出す。
「くっ……!」
金子はこれを大きく後ろに飛び退いて回避した。
(見える……!)
金子の剣は確かに速いが、一度流れを掴んでしまえばその動きを予測するのはたやすかった。
「剣術はあらかじめ決められた“型”を忠実に再現する武道だ。だから、その動きには嘘がなく、正直なんだ」
金子と対峙する直前に徹からもらったアドバイスを思い出した。
「なるほど、こういうことか」
慎一郎は独りごちる。もしかすると微笑んでいたかもしれない。
「なかなかやるじゃないか。今度はそっちから来てみろよ、一年坊」
一方の金子はそう言って慎一郎を挑発するが、肩で息をしていて余裕がなさそうだ。自分の攻撃が全く当たらなくて動揺しているのかもしれない。
「それじゃ、お言葉に甘えて……」
慎一郎が地面を蹴って走った。それは、金子ほどは速くなかったかもしれないが、身を低くして腕の動きを相手に悟らせないようにする、実戦向きの動きだ。
「はっ!」
「くっ……!」
金属と金属が激しくぶつかる音。慎一郎の左手を金子はなんとか身体の正面で受け止める。そこを見計らったようにがら空きになった左半身を狙って右手が飛んでくる。
「させるかぁっ!」
金子は身体をひねって剣の向きを変え、これも受け止めた。
『ほほう、十代の若者してはやる……』
メリュジーヌの感心する声。しかし、慎一郎の攻撃はこれで終わりではない。
体勢を崩した金子の足元を狙って最初に防がれた慎一郎の左手が炸裂する。直前に〈エクスカリバーⅡ〉の刃を立たせて、金子に怪我をさせない配慮をする余裕すらあった。
ガン、という鈍い音がした。〈エクスカリバーⅡ〉が金子の履いていた剣術用のブーツに仕込まれている板金に当たった音だ。
足元を掬われた金子は大きく身を崩して転倒する。
咄嗟に受け身を取った金子。我に返り、手放してしまった自分の剣を探そうとした瞬間、彼の喉元に慎一郎の〈エクスカリバーⅡ〉が向けられた。
「おれの勝ちですね?」
そこには、汗ひとつかいていない慎一郎がいた。
金子は荒い息づかいで、ただ慎一郎を見上げることしかできなかった。
「引き上げるぞ」
金子の一言で港高剣術部の部員達はバスケ部員達を開放しておとなしく立ち去っていった。部長が倒されたことで彼らも戦意を失ってしまっていた。
部員達を先に返して最後に残った金子は慎一郎の方を見ている。
「浅村慎一郎……か……」
その表情は気のせいか、先ほどよりは幾分和らいでいるようにも見える。
「まさか、こんな使い手がいたとはな。恐れ入ったぜ」
だが――と付け加えて、
「オレには部員達を守る義務がある。オレ達のテリトリーを侵すようなら、この先も容赦はしない」
「金子さん! あんたまだ……!」
徹が食ってかかるが、慎一郎がそれを制した。
金子は「それだけだ」と言い残して立ち去っていく。
と、数歩歩いたところで立ち止まり、こちらを振り向いた。
「訂正させてもらう」
「……?」
「栗山のことだ。『逃げた』と言ったことは訂正する。すまなかった」
金子は軽く頭を下げ、そのまま振り返ることなく、迷宮の暗がりへと消えていった。
「……………………」
黙ってその先を見る徹の心には、何が浮かんでいたのだろうか。
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