家畜泥棒を追え!6
その後、ウシたちは花の香りで誘導されてその日のうちにバレー部の所へ戻された。
サメは斉彬が持ち帰り、家庭科部へと引き渡された。きっとしばらくしたらかまぼこやフカヒレスープなどがメニューに上がるのだろう。あるいは、メリュジーヌの言うとおり、干物になるのかもしれない。
問題はウシを盗んだ犯人達だ。
聖歴2026年8月12日(水)
「はぁ……!?」
徹が部室の机を叩いて立ち上がった。
『トオルよ、落ち着くのじゃ』
憤る徹に対してメリュジーヌは眉ひとつ動かさないほどの無表情だ。
「落ち着けって、ジーヌ。これが落ち着いていられるかよ! 剣術部に行って抗議してくる!」
『落ち着けと言っておる!』
「ジーヌ……くそっ!」
前日の帰還が結局深夜近くになってしまったこともあり、〈竜王部〉のこの日の部活動は休みとなっていた。
しかし、風紀委員会に渡した牛泥棒の聞き取りが終わったということで部員達は集まり、生徒会役員でもある斉彬からその顛末を聞いた。
牛泥棒二人組は港高剣術部の二年生と一年生だった。見慣れぬ制服を着ていたのはそのためだ。
港高剣術部の部長、金子清はこの二人を即座に除名処分、永久追放とした。そして、部としては謝罪しないことを北高生徒会に通達してきたという。
「まあ、あたしだって人の物を盗んでおいて、謝りもしないってのはどうかと思うけどね」
結希奈が徹に同調した。
「あの二人はもう剣術部じゃないから関係ないってことらしいがな。まあ、オレも納得しちゃいねえ。オレだって菊池に抗議したさ」
「それで、会長さんはそれを飲んだってことなのね」
斉彬がこよりの方を向いた。
「そうなんです、こよりさん。剣術部を追い込みすぎるのは良くないって……」
「みんなで協力しなきゃいけないときに、生徒同士でいがみ合っても仕方ないからね」
こよりは柔らかく微笑むが、結希奈は納得がいっていないようだ。
「でも、だからといって人様のもの盗んでおいておとがめなしっていうのは納得できないわよ」
結希奈の言い分は、かつて人々のために“鬼”を封じた武者が建てた〈竜海神社〉の巫女であるが故の正義感だろう。
「ただな、この話にはまだ不可解な点があって、どうもよくわからんのだ」
『不可解な点じゃと? 話してみよ、ナリアキラ』
斉彬の表情が変わった。いつもの筋肉馬鹿ではない、真剣な表情だ。
「こっから先はオフレコだ。部外者に話すんじゃないぞ。」
その神妙な言いように、他の生徒達も同じく神妙になり、めいめいが頷いた。
「あいつらを聞き取り調査したのは風紀委員の連中なんだけどな……」
「では始めに、名前を言ってください」
「…………」
「どうしました? 聞こえてますか? 僕の言ってることがわかりますか?」
「…………」
「あの……?」
「俺は……?」
「名前は?」
「あんた誰だ? ここはどこだ? どうして俺はこんな所にいる……!?」
「何を言ってるんですか? あなたはバレー部管理の牛を盗み出した疑いでここに連れてこられました。さあ、僕の質問に答えてください。名前は?」
「牛? 何のことだ? 俺は……。そうだ、俺は剣術部の試合で北高に来て、それで……それで……」
「どうしました?」
「それで、俺はどうしたんだ? 何でここにいる? ここはどこなんだ!」
「ですから、ここは北校の生徒指導室で……。まさか、あなた何も覚えていないんですか?」
「覚えていない? 何のことだ。すまないが、このお茶はもらってもいいか?」
「ええ、どうぞ」
「ごく、ごく、ごく……。ぷはぁ……。うまい。おかしいな。妙に喉が渇いている。というか、暑くないか? まだ五月なのにこんなに熱いなんて……。試合のときはここまで暑くなかったはずだぞ」
「何言ってるんですか? 今は八月ですよ?」
「はぁ? 五月だろ? この前、ゴールデンウィークが終わったばかりじゃないか」
「いえ、今は夏休みまっただ中の八月ですよ。八月十二日」
「なんじゃそりゃ? そいつ、とぼけてるだけでしょ」
「いや、それがな栗山。もう一人の奴も同じような状況だったらしい。二人はずっと離ればなれで聞き取りを受けてたし、それ以前に話を合わせられるような余裕もなかったのはオレたちが一番よく知ってるだろ?」
斉彬の説明に皆は首肯せざるを得ない。
『つまりこういうことか。その捕まった二人には、五月から――正確には封印からの記憶がない、と』
メリュジーヌの指摘に慎一郎達は驚きの顔をしていたが、斉彬はその報告を聞いていたからだろうか、冷静に頷いた。
「それともう一つ。あの二人を辻先生に診てもらったんだが、二人ともかなりの栄養失調状態だったそうだ」
「栄養失調……」
「剣術部にはコボルトさん達からの肉の供給もなかったし、園芸部みたいに大規模に畑を耕していたようにも見えなかったわね……」
こよりの指摘に慎一郎は剣術部部室を思い出す。確かに、木々を切り倒して丸太の部室は作られていたが、あの辺りに野菜を育てた形跡も、モンスターを狩っている様子もなかった。
「そういや、瑞樹のやつだいぶ痩せてたな……。くそっ、俺が行ってたときは無理して食事出してくれてたのかよ! くそっ、くそっ!」
『まあ、奴らにもプライドというものがあるからの』
メリュジーヌが徹に肩を乗せた。もちろん、それはただの映像で徹に触れることはなかったが、徹にはずいぶんと暖かく感じられた。
「俺、やっぱ剣術部の部室へ行ってくる。慎一郎、みんな。悪いけど金、少し貸してくれないかな。あいつらに少しでも食い物、持って行ってやりたくてさ」
先ほど憤慨していた相手に食料を分け与えるというのだ。徹も相当のお人好しといえよう。
しかし――
「いや、それには及ばん」
外からの声とともに部室の扉が開かれ、そこに大柄な男子生徒が一人立っていた。
「雅治さん――」
北高剣術部の部長、秋山雅治だった。
部室に通された秋山は出されたお茶に口をつけることなく、いきなり立ち上がり、そして床に手をつけて深々と頭を下げた。土下座である。
「剣術部の部員が犯してしまったことについて謝罪する。この通りだ」
「な……」
「雅治さん……!」
徹をはじめ部員達はいきなりの土下座に絶句した。
「結果的に未遂とはいえ、許されることではない。おれが頭を下げた程度で許されないことはわかってるが、この通りだ」
「やめてください、雅治さん……! 何で雅治さんが謝るんですか? やったのは港高の剣術部でしょう?」
「まずは頭を上げてください、秋山さん」
慎一郎に促されて秋山はようやく頭を上げた。しかしその顔は悲壮感に満ちている。
「雅治さん……」
徹も苦しそうな顔だ。彼にとって秋山は幼い頃からの知り合いなのだ。
「もう……やめましょう。北高の剣術部だけでも戻ってきてくださいよ。雅治さんは何も悪くない。きっと、北高のみんなも受け入れてくれますって」
それは、徹の優しさだった。秋山にもそれは伝わっているのだろう。しかし、秋山は力なく首を振った。
「そうもいかない。おれ達が去ってしまうとあいつらはどうなる? この隔離された北高で自分たちだけが部外者で……。ますます孤立してしまう。そんな状況にあいつらを追い詰めたくない」
そう言い残して秋山は部室を辞していった。再び、あの地下の、食料もほとんどない部室へと戻っていった。
彼の去り際、部室を出た秋山に徹が、
「雅治さん! 俺は……俺だけは何があっても雅治さんの味方ですから!」
その言葉を聞いた秋山の目は酷く寂しげだった。
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