家畜泥棒を追え!5

「いたぞ! 待ちやがれ!」

 迷宮の中でいくつかのモンスターの大きな影とともにいる人影を見かけた瞬間、斉彬が荷物を置いて駆け出した。


「斉彬さん!」

 走っていく斉彬に徹が呪文を唱えて魔法を放つ。

「風よ!」

 すると、風が斉彬にまとわりつき、彼の背中を押す。


「おおっ、こいつはいいぞ。サンキュー、栗山!」

 魔法の力で加速した斉彬が逃げ出した人影を追って暗闇に消えていった。


「あたし達も行くわよ。ウシを捕まえないと!」

 結希奈に続いて、慎一郎達も走り出した。

 ウシたちは先ほど人影が見えたところに、どのウシものんびり腰掛けて昼間に食べていたであろう草を反芻していた。


「四、五、六。うん、全部いるね」

「でもこよりちゃん、どうやってこの子達を連れて帰るの? この子達、でも動かなそうだよ……」

「大丈夫。ちゃーんとバレー部の子達から連れ帰る方法を教わってきたから」

 そう言ってこよりは自分の鞄から何かを取り出した。


「花……?」

 こよりが持っているのは白い花だ。取り立てて何の変哲もない、そのあたりにいくらでも生えていそうな花だ。


「これ、あの“餌場”の草の花なんだって。あのウシはこの花の匂いで自分の餌がどこにあるのか探すみたい」

「へぇ……」

 結希奈がこよりの持つ花に顔を近づけて匂いを嗅ぐが、特に何も感じない。


 しかしウシには感じるようで、今まで迷宮内の岩のようだったウシ達がこちらをじっと見ている。

 そんなことをしていると……。


「うわ、うわぁぁぁぁぁぁ……!」

「浅村、みんな! 来てくれ!」

 迷宮の奥から、犯人のものと思われる悲鳴と、犯人を追いかけていった斉彬の声が聞こえてきた。

 慎一郎達はウシをそのままにして声のした方へと全力で走っていった。




「斉彬さん!」

 緩やかなカーブを曲がった先に彼らはいた。通路の真ん中で尻餅をついている見慣れない服装の二人と、その少し手前で油断なく周囲を警戒する斉彬。


 しかし、それだけだ。他には何もいない。

「浅村。おう、すまん」

 慎一郎から彼の新しい剣〈デュランダルⅡ〉を受け取る間もこちらを振り向かず、周囲の警戒を続ける。


「斉彬さん……?」

『シンイチロウ、

「デカいやつだ。デカくて早い……。さっきは姿が見えたんだが、どっかに消えちまった。気をつけろ!」


 慎一郎から少し遅れて徹達もやってきて、すぐに臨戦態勢に入った。結希奈は全員に〈守護プロテクション〉の魔法をかけ、徹は呪文を唱え始めた。こよりはゴーレムを呼び出している。


 あたりに動くものは何もない。しかし、周囲に漂う明確な敵意。見えないだけで確実にいる。

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃっ……!」

 犯人の一人が恐怖のあまり恐慌を来して走り出した。斉彬を突き飛ばして、こちらに走ってくる。


 次の瞬間、慎一郎は動き出した。見えてから動いたのではない。敵意の向かってくる方向を敏感に察知して、気がついたら走り出していた。


「危ない!!」

 こちらに向かって走ってくる男子生徒を突き飛ばした。直後、巨大な何かが寸前まで彼らのいた場所に飛び込んできた。


「いたぞ! !」

 斉彬が叫んだ。犯人達に襲いかかったのは確かに巨大な魚だった。しかそしれは普通の魚ではない。地面の中を自在に動き回る“地魚ちぎょ”だ。


 犯人達を庇っていた慎一郎は素早く起き上がると腰に差していた〈エクスカリバーⅡ〉を取り出す。


『上じゃ!』

 メリュジーヌの警告とほぼ同時に頭上から土しぶきを上げて巨大な質量が飛びかかってきた。咄嗟にそれを両手の剣で受け止める。


 ガキィィィ!


 固い音が響いた。〈エクスカリバーⅡ〉と魚の歯がぶつかった音。

 目が合った。殺意のこもった目。

 固い歯、固い鱗、鋭い目、流線型の身体。サメのモンスターだ。


「炎よ!」

 慎一郎とサメが交錯し、一瞬動きを止めたそのわずかな隙を狙って徹が〈火球ファイアーボール〉の魔法を唱えた。


 ――ギュルルルルルルルルル!

 命中。サメが身体をよじって土の中に逃げ出した。


「よしっ、効いてる!」

「まだよ。油断しないで!」

 徹の歓声に結希奈が水を差す。


「くそっ、見えないってのは厄介だな」

 達を一カ所にまとめ、彼らを守るように輪になって、周囲を警戒する慎一郎達。

 犯人達はガタガタ震えていて、声も出ない。


 サメの気配は伝わってくる。怒りの感情。縄張りを荒らされたことへの怒りか、一撃で獲物を仕留められなかったことへの怒りか、生きるものすべてに対しての怒りか、それとも、慎一郎達には全く理解できない怒りなのか、それはわからない。

 しかしサメは確実に近くにいる。地面の中にいるからなのか、どこにいるかまではよくわからない。


「くそっ、イラつくぜ……」

「斉彬くん、落ち着いて。そうさせるのが目的なのかも」

「こよりさん……」


 しかし、サメは出てこない。慎重なのだろう。サメといえば海の王者だが、この〈守護聖獣〉のいる地下迷宮では必ずしもそうではない。

 ここで生き延びるためには慎重さが何よりも重要なのだ。そして、それは慎一郎達にも同じ事がいえる。


『もしかすると……』

 しばらくして、メリュジーヌが口を開いた。

『あやつ、わしらを見失っているのかもしれんの』


「……?」

『思い出しても見ろ。奴が襲いかかってきたのはいずれも誰かが走っている最中じゃ。土の中からは何も見えん。足音を頼りに襲っているだとしたら?』


「なら、わたしに任せて!」

 言うと、こよりは近くに待機していた“レムちゃん”に指示を出した。


「行って……!」

 命じられたゴーレムは、わざと足音を響かせながらどたどたと進み出した。


 次の瞬間、地の底から巨大な流線型の肉体が飛び上がってきたかと思うと、その大きな口でゴーレムに噛みついた。

 鈍い音がする。しかし、石でできたゴーレムはその程度でかみ砕かれたりはしなかった。


「レムちゃん……!」

 こよりの命令で他のゴーレム達が一斉に飛びかかり、サメの尾びれを掴んだ。

 サメは暴れ出すが、ゴーレム四体がかりで押さえ込んでおり、サメは地面の中へと逃げ出すことはできない。


「どりゃぁぁぁぁぁ!」

 そこへ斉彬が飛びかかり、〈デュランダルⅡ〉を一閃。胴の中程から両断した。


「どうだ!」

「見事な三枚おろし……」

 サメのきれいな切断面を見て、徹が感想を漏らした。

『うむ、干物にすれば美味そうじゃな』

 続くメリュジーヌの感想に皆が笑う。地下迷宮の探索に必要なのはこの明るい雰囲気だ。

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