家畜泥棒を追え!4
〈竜王部〉部員達は一度部室に戻って装備を調えたあと、ウシの餌場から再び地下迷宮へと入っていった。
目的はもちろん、奪われたウシの奪還である。
ウシ達の餌場から地下迷宮に入るとき、バレー部の女子四人が見送ってくれたので、徹などは「女子のお見送りなんて初めてだぜ」と上機嫌だったが、結希奈に頭をはたかれてすぐにおとなしくなった。
一行は風紀委員の設置した立ち入り禁止ロープをくぐり抜けて奥へと入っていく。
夕暮れ時にもかかわらず、八月の強烈な日差しを受けてぐんぐん上昇した気温が、迷宮の暗がりに入った途端急に下がる。
「それじゃ、いくね」
こよりが呪文を唱えると、迷宮の中に白く光る点線のようなものが浮かび上がる。
サンプルと同じものを光らせる、追跡の魔法。錬金術だ。白く光る点線は連れ去られたウシのミルク。
「へぇ、便利なもんだな……。これならすぐにウシが見つかりそうだ」
「さすがはこよりさん!」
徹や斉彬が口々に賞賛の言葉を述べる。
「効果時間は二時間くらいだけど、切れたらかけ直すから慌てなくても大丈夫だよ」
「ありがとうございます。じゃあみんな、これに沿って進んでいこう」
「了解!」
慎一郎の号令の元、一行は迷宮を進んでいく。
どうやら、犯人は迷宮の外周を時計回りに進んでいったようだ。
時計の五時に相当するスタート地点から南西に進み、かつて慎一郎達が巨大ネズミと戦った部屋の近くを通って進路を北寄りに変更、巨大イノシシと遭遇した長い下り坂を進んでいた。
この辺りのモンスターは慎一郎達にとってすでに雑魚で、脅威となるものではない。加えて何度も探索した道だからウシの捜索は順調だった。
四月の頃には苦戦したネズミやらコウモリやらヘビやらを危なげなく倒しながら前に進んでいく。
『ウシの足はそう早いものではない。ましてや人の思い通りに動くものでもない』
果たして、メリュジーヌの言葉は事実であった。
ウシを盗んだ犯人達は難儀していた。
元々歩みが遅い上に人の言うことを聞かず、それが六頭。ウシは度々進むのを嫌がり、明後日の方向へ進みたがり、勝手に座り込む。
いつ元の持ち主が追ってくるかもしれないのにそんな状態だ。
「くそっ、こいつめ!」
犯人の一人が座り込んで動こうとしないウシを蹴り上げようとしてやめた。相手は仮にもモンスターだ、おとなしいとはいえ、そんなことをして反撃されないとも限らない。
「やっぱり無茶だったんよ。こいつらここに置いて、帰りましょうよ、先輩……」
そういう後輩の頭を先輩がぽかりと殴る。
「あいたっ!」
「元はと言えばお前が言い出したんだろうが! “肉”が食いたいって!」
「そりゃ、そうですけど……」
困り顔の後輩がそう言うと、それに同調したように彼の腹がぐう、と鳴った。
「ああ、腹減ったなぁ……。ハンバーグ、食いたいなぁ。俺、ハンバーグ好きなんスよ。ビーフ百パーセントのやつ」
「聞いてないって」
先輩はしゃがみ込んでため息をついた。後輩もそれに続く。
「腹減ったなぁ」
「腹減ったっすね」
「今日はまだ何も食ってないからな……」
そうしてしばらく無言のまま座り込む二人。すっかり根が生えてしまったらしい。
傍らではウシ達が暢気に反芻している。
それを見たからかわからないが、先輩がぽつりと漏らした。
「俺は、ビーフシチューかな」
「え?」
「だから、ビーフシチューが好きなんだって」
「俺、今気づいたんですけど……。先輩って……」
「なんだよ」
「見た目に似合わず、意外とお坊ちゃんですね。おぼっちゃーん」
ぽかっ、とふたたび殴る音。
「てめえ、殴るぞ」
「殴ってから言わないでくださいよ~」
頭を抱えて抗議する後輩。しかし、笑顔が浮かんでいる。
「……行くか。きっとみんなも腹すかせて待ってるからな」
「そうですね」
二人は立ち上がり、ウシの尻を押す。
「おら、立て。行くぞ」
しかし、ウシ達は人の気持ちを知ってか知らずか、全く動こうとしない。
「あーもう! くそ! こいつめ!」
後輩は体重をかけるようにしてウシを押すが、力をかければかけるほどウシが重くなっていくように感じられる。
「先輩! ぼーっとしてないで手伝ってくださいよ!」
後輩はウシを押しながら彼の後ろにいる先輩に声をかける。しかし、彼の返事はない。
「先輩ってば!」
「やばい……」
「先輩……?」
「おい、逃げるぞ!」
「え? ちょ、先輩……!?」
先輩は後輩の手を引いて逃げ出した。ウシたちはその場に腰を下ろし、変わらず反芻している。
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