とりたてて特筆べきこともないごく普通の北高での一日3
「ねえ、この辺じゃない、〈竜海の森〉の真ん中?」
昼食をとり、更に進んだ午後三時頃、こよりは魔術的に記述された地図の一点――現在位置を指さした。
そこは、何の変哲もないただの通路の途中だった。部屋があるわけでも道が交差しているわけでも、何か怪しげなものが置かれているわけでもない。本当に、ただの通路だ。
上の方を見ても、いつぞやのように上方に横道があるわけでもなかった。
「どうする?」
斉彬が聞いてきた。少し考える。
「手分けして探そう」
『分かれて探すのか? それは少し危険かと思うのじゃが……』
メリュジーヌの指摘に慎一郎は頷いた。
「ああ。だから、ここを中心に二十メートル以上離れないこと。何かあったらすぐに報告すること。調べるのは一時間に限定すること。これを徹底しようと思う」
ちょうど二十メートル先には分かれ道がある。その向こうには行かないということだ。
『ふむ。ざっと見る限り、何もなさそうに見えるが、まあよいじゃろう。見通しもよいしな』
「じゃあ、早速手分けして何かないか探そっか」
結希奈の号令で皆は三々五々あたりの壁や地面を探し始めた。
慎一郎は集合場所付近を調べ始めた。普段は歩いていて目の届きにくい高い場所や低い場所、岩の影、暗がりに隠し通路がないか念入りに調べる。
そのあたりに出っ張っている岩や石がスイッチになっているかもしれないと思い、押したりひねったりもしてみる。
徹や結希奈などはこよりのアイデアで魔力を当てて仕掛けがないか調べているようだ。
これまでそういう仕掛けがあったかと言われれば、ない。しかし今までなかったからと言ってここでもないとは言い切れない。
気がつけば仲間達はだいぶ離れてしまっていた。真っ暗な地下通路の中に〈光球〉の明かりがぽつん、ぽつんと見えるのが仲間の印だ。今ともにいるのはメリュジーヌだけだ。
『のう、シンイチロウよ』
「……ん?」
石を持ち上げたら小さな虫が慌てたように逃げていった。もくもくと周囲を調べながらメリュジーヌの話に耳を傾ける。
『お主は、ここから出たら何がしたい?』
「え?」
考えたこともなかった。地下迷宮を探索して外に出る。それ以外は仲間達の安全しか頭になかった。
改めて考えてみるが、何も思い浮かばない。せいぜい、しばらく食べていない母親の食事が食べたいと思ったくらいだ。
「お前は、どうしたいんだよ?」
だから、逆に聞いてみた。
『わしは……』
メリュジーヌにしては珍しく言いよどんだ。しばらくの逡巡の後、意を決したように言葉を続ける。
『わしは、自分の身体を探したい』
「身体……?」
メリュジーヌは六百年前の世界から慎一郎の〈副脳〉に召喚された存在だ。召喚される前には当然、竜王としての肉体があったはずだ。
『召喚されるまさにその時、わしは人の姿をしておった。その本体は〈竜石〉の形で六百年前の世界に残された。もし破壊されていなければ、今でも残っているはずじゃ』
「そっか……。それはどこにあるんだ?」
『六百年経っておるからの。今はどうなってるのか見当もつかぬ。じゃが、まずは召喚の直前まで住んでおったパリを探そうと思う』
慎一郎は少し考えるようにした。
「パリか……。親に費用立て替えてもらわないとな」
その一言にメリュジーヌのアバターが破顔した。
『なに、竜王の行幸じゃ。渡航費用など、各国に用立てさせれば良い。各地の〈十剣〉に用意させるのも悪くないな』
その後もメリュジーヌは楽しそうだった。『その後は世界各地の竜人を訪ねて回るのも悪くない』などと、身体を取り戻した後の計画を延々と立てている。
そうしている間に捜索時間である一時間が経過した。
「どうだった?」
「ダメね。何も見つからない」
「オレもだ。こよりさんは?」
「わたしも」
制服のズボンに土をつけた斉彬と、いつの間にかスカートの下にジャージを穿いていた女子二人も戻ってきた。皆、四つん這いになってあちこち探していたようだが、成果はなかったようだ。
『これだけ探しても何も見つからないということは、本当に何もないかもしれぬな……』
「そんなことってあるの?」
結希奈の疑問にメリュジーヌが答えた。
『ないこともない。魔法陣を成立させるためには陣の外周と中心が重要だが、必須というわけではない。この封印の場合、外周にほこらという強力な魔術媒体があるから、それでまかなっていると考えられなくもないの』
「どのみち、今日はここまでだな」
視界に常時表示されている時計アプリを見ると、もう六時になろうとしていた。
「もうこんな時間か。どうりで腹が減ったわけだぜ!」
『晩飯の時間じゃ!』
斉彬の一言でメリュジーヌのはらぺこにスイッチが入ってしまったようだ。慎一郎は嘆息した。
「じゃあ、今日はここで終わりにしよう。明日は先に進むことを優先して、ここより前へ行けるようにがんばろう」
「おっけー」「わかった」「うん」
「それじゃ、外崎さんに連絡して……」
「待て、高橋……」
帰還の連絡をしようとした結希奈を斉彬が止めた。
「足音だ」
『ふむ、確かに聞こえるな』
耳をすませば、バタバタという足音が聞こえてくる。聞き覚えのある音。
「嫌な予感がするんだけど……」
『奇遇じゃな、トオルよ。わしもじゃ』
徹やメリュジーヌだけでない。〈竜王部〉全員が嫌な予感に顔をしかめていると、その嫌な予感は実体を伴って現れた。
「た~~す~~け~~て~~く~~れ~~!!」
通路をダッシュでこちらにやってくる四つの人影。紛れもない、朝すれ違ったバスケ部の面々だ。
「くそっ、またあいつらか!」
『愚痴を言っている場合ではないぞ、ナリアキラ。全員、迎え撃つぞ!』
「おう!」
全員が素早く戦闘態勢を整えてバスケ部を追いかけてきたワニのモンスター群を迎え撃つ。成果のない探索の終わりは少々騒がしかった。
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