とりたてて特筆べきこともないごく普通の北高での一日2

「それじゃ、俺は剣術部の部室行ってくる」

『うむ。あまり無茶するでない』

「わかってるって」


 昇降口から外に出たところで徹と別れた。彼は以前から剣術部に出入りしていたが、“戌”のほこらの再建を拒否されて以来、その頻度が増している。


 彼は彼なりに責任を感じているのだろうとメリュジーヌは考えていた。だから、無理に引き留めることもしないし、期待をかけるような言葉もかけない。


「おはよう」

 徹と別れたメリュジーヌと男子二人のところに、制服姿の女子生徒が声をかけてきた。慎一郎達と同じ〈竜王部〉の高橋結希奈だ。


「お、こよりさんは?」

 斉彬が結希奈が一人でやってきたことに目ざとく気づいた。

「忘れ物らしいです。すぐ来ると思いますよ」


 結希奈が慎一郎達の所までやってきて並んで立つ。彼女は慎一郎よりも頭ひとつほど小さい小柄な女子だ。その小さな身体に〈副脳〉の入ったケースと全員分のお昼の弁当が入った袋、その他、武器やアイテムなどを入れた鞄を持っている。


「よいしょっと。今日も暑いね」

 それら荷物を地面に下ろし、鞄からハンカチを取り出して汗を拭く。女の子らしい、黄色いハンカチだ。


『うむ。こういう日にはアイスが美味いじゃろうなぁ』

 メリュジーヌが実体を持たない映像の姿で慎一郎をちらちら見る。以前のウシのモンスターの騒ぎのお礼にと、バレー部から差し入れてもらったアイスを食べて以来、メリュジーヌはこのアイスを大変気に入っている。


「……わかったよ。今日の探索が終わったらな」

『さすがはシンイチロウじゃ! やはり人心をつかむには報償よのぉ』


 そんな話をしているうちに、校舎の影から人影が見えた。

「こよりさん!」

 斉彬がいち早く反応して手をぶんぶん振る。結希奈と同じように大きな荷物を肩から提げ、結希奈とは異なるデザインの制服を着る女子生徒、細川こよりがやってきた。


「ごめんね。待った?」

「今来たところさ!」

 斉彬がデートの待ち合わせのような返事をしているが、これもいつものやりとりだ。こよりが持っていた荷物を一旦下ろし、軽い打ち合わせを行う。


「それじゃ、今日の探索は……」

 慎一郎が話し始めると、こよりが手に持ったノートを広げる。

 そこには魔法陣が描かれており、こよりが魔力を流し込むと立体的な図形が浮かび上がった。

 これまで探索した地下迷宮の地図だ。


 地図は地上の北高と重ね合わせるように描かれている。複雑な地下迷宮の通路は北高の敷地――というよりは、北高を囲む〈竜海の森〉全域――の南東側およそ半分が埋め尽くされている。


「ここから、こっちを目指す感じかな」

 慎一郎がマップを指さす。


「多分、こういう風に道が繋がっていて、こっちに出られるんじゃないかな」

 今までの傾向からこよりが予想されるルートを示す。


「あ」

 声を上げた結希奈の方を斉彬が見た。


「どうした、高橋?」

 結希奈はこよりが広げるマップのを指さし、

「ここって、〈竜海の森〉のちょうど真ん中じゃない?」


『ふむ……確かにそうじゃな』

 結希奈の指摘にメリュジーヌが頷いた。

『封印の謎が解けるかもしれぬ』


 今、県立北高は不可視の“壁”に囲われている。

 光は通すし雨も降ってくるが人やその他のものは絶対に通さないこの“壁”はその特殊なあり方から魔術的な封印であるのは確実だった。


 この、直径二キロメートルほどもある壁を魔術的に実現するためには魔法陣の存在は欠かせない。この封印も校内に巨大な魔法陣が隠されていると思われていた。

 魔法陣作成に際し、重要となるのが“円周”と“中心”だ。封印直後の生徒会による調査で地上にそれらの痕跡はなかった。


 しかし、地下迷宮にそれらしきものが見つかった。戦国の時代にこの地を荒らした“鬼”を封印した〈守護聖獣〉たちのほこらである。このほこらが北高の封印に利用された可能性は高い。

 外周地下に北校封印の痕跡が見つかった。ならば中心地下にもあるのではないか。それが見つかれば魔法陣の解析が行え、外に出る方法も見つかる――




 地下迷宮の中心部を目指すという方針が固まり、彼らは校舎裏に新しく見つかった地下迷宮の入り口から中へ入っていった。


 バレー部とのウシの一件やプール脇の畑に空いた穴など、最近、校内で地下迷宮への入り口が見つかることが多い。メリュジーヌ達にとってみれば便利だが、以前の山川碧のように、誤って地下迷宮に落ちてしまう生徒が出ないとも限らない。


 もう一つ、最近噴出した問題がある。


「よう、〈竜王部〉じゃないか」

「齋藤……。お前らまた、こんな所まで出てきて……」

 地下迷宮の通路内でジャージ姿の男子生徒四人とすれ違った。以前、ヘチマのモンスターと戦ったときにも迷宮にいたバスケ部の四人だ。


「平気だって。おれ達だってあの頃より強くなってるんだぜ。ほら」

 斉彬のあきれ顔にバスケ部員達は笑顔で答え、腰にぶら下げられた鞘から剣を取り出した。鈍き煌めく剣身は、〈竜王部〉兼鍛冶部の外崎姫子とのさきひめこがきたえたものだ。


 地下迷宮への入り口が数多く見つかった事のもう一つの問題がこれだ。見つかった入り口からいくつかの部が地下迷宮に入るようになってしまった。

 もちろん、校則では禁止されているし、風紀委員達が見回っているが、入り口はすでに十を越え、風紀委員が管理できるキャパシティを越えていた。

 〈竜海の森〉を専門に巡回する弓道部のような部も存在するが、それらの目をかいくぐって地下迷宮に入ることは容易だった。


「それじゃあな。いい獲物がいたら、おれ達にも分けてくれよな」

 そう言ってバスケ部達は去って行った。彼らの目的は〈竜王部〉とは異なり、ずばり、モンスター退治である。モンスターを狩ってコボルト村で捌いてもらい、肉を手に入れるのが目的だ。

 今北高で最も高価で取引されているのが肉なのだ。


「大丈夫かな……」

「ま、大丈夫だろ。あいつらだって馬鹿じゃないし、ヤバイとなったら逃げるだろ。それに、助けがいるならいつでも呼べって言ってある」

 と、斉彬がこめかみを指さした。バスケ部の部長と〈念話番号〉を交換しているのだろう。


「そうですね」

『シンイチロウよ、あまり背負いすぎるな』

「おれが……?」


『そうじゃ。お主は〈竜王部〉の部長としてよくやっておる。じゃが、今はまだそれ以上はお主には重い。まずはここにいる仲間達を優先せよ。他を気にするのはその次じゃ』


「優先順位を間違えるなってことだね、ジーヌちゃん」

『うむ、そういうことじゃ!』

 メリュジーヌとこよりはお互いを見てにっこりと笑った。


「わかったよ、メリュジーヌ。悪かったな、余計な心配かけさせて」

『なんの。シンイチロウの至らぬ所をフォローするのがわしの仕事じゃ』

「なんだよ。それじゃおれが至らぬ所だらけみたいじゃないか」

『わしに言わせればまだまだひよっこじゃ』

 メリュジーヌのその言葉に憮然とする慎一郎、笑う一同。


「そろそろ行こっか。今日中に中心部まで行くんでしょ?」

 結希奈が慎一郎の肩に手をかけた。慎一郎が頷く。

 一行は迷宮内部、未踏の領域へと進んでいく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る