守護聖獣2
外はもうすっかり暗い。〈竜海神社〉と北高を繋ぐ道からは続々と女子生徒達が帰宅の途についている。
神社前にいる慎一郎たち男子生徒達を見てぎょっとする女子もいたが、巽と結希奈も一緒にいることを見て安心するようだ。
「それじゃ、おれたちは帰るから。また明日」
慎一郎はそう結希奈に挨拶をして帰ろうとしたところ、結希奈に引き留められた。
「ちょっと来て」
結希奈に神社の隅の方に引っ張られる。
「え? ちょっと……!」
「おい、慎一郎。どうしたんだ? 帰らないのか?」
「ごめーん。この人、ちょっと借りるね。先帰ってていいよー」
慎一郎が答えるよりも早く、結希奈は徹にそう答えると更にぐいぐいと奥の方へ引っ張っていく。
「悪い、先に帰っててくれ……!」
それだけ伝える。徹と斉彬は「わかった」と森の中へ入っていった。このあと、徹はほこらの再建のために剣術部に相談に、斉彬は生徒会にプールの件について報告に行くことになっていた。
「いたたたた……。そんなに引っ張らなくてもついて行くって……!」
徹たちの姿がすっかり見えなくなった所まで引っ張られて、結希奈はようやく慎一郎を引っ張るのをやめた。
結希奈はこちらを振り返ると、腰に手を当てている。険しい表情といかにも怒っていますというポーズは春先にはよく見られたが、最近はあまり見ることもなかった。
「……? どうしたの? おれ、高橋さんを何か怒らせるようなことした……?」
結希奈の険が更に厳しくなる。
「ねえ、慎一郎? さっき、下に落ちたときの話、覚えてないの……?」
「下に落ちたときの話……? あっ!」
思い出した。トラの前で息を殺しているとき、“結希奈”と名前で呼んでほしいと言われて困惑したのだった。その後のゴタゴタですっかり忘れていた。
「いや、でも……あのときは、その……」
しどろもどろになる。頭がうまく働かない。何とか言い訳をひねり出したいが、何を言っていいのかさっぱりわからない。
「それで、どうなの? 呼ぶの? 呼ばないの?」
「いや、その……」
慎一郎と結希奈の身長差は頭一つ分くらいある。下から見上げるように睨んでくる結希奈に、思わず後ずさりする。しかし結希奈はそれで許してはくれない。慎一郎が一歩下がると結希奈はずい、と二歩にじり寄ってくる。
(メリュジーヌ、助けてくれ……)
慎一郎は肩からぶら下がっている〈副脳〉のケースを見た。しかし普段はやかましいくらいの同居人はこういう時に限って何も言ってこない。普段出しっぱなしもアバターもいつの間にか消えていた。
更に詰め寄る結希奈。目の前に結希奈の顔がある。少しつり目気味だがきらきら光ってきれいな瞳、長いまつげ、すっと通った鼻梁、小さくへの字になっている口、すべすべの肌。
慎一郎の心臓が大きく跳ねる。顔が赤くなるのを止められない。
「わ、わかった……よ……」
押し切られてしまった。しかし、自分の中にどこか嬉しい気持ちもある。結希奈との距離が縮まったような嬉しい気持ち。
「ホント!?」
ぱぁぁ、とそれまで険しかった表情が一転、花が開いたような笑顔になる。それで更に慎一郎の心臓が跳ねる。
「それじゃあ、試しに言ってみて?」
「えぇ!?」
「ホラホラ、いいでしょ? 減るもんじゃあるまいし」
「いや、確かに減らないけど……」
「何よ。自分で言い出したことなのに言えないの?」
自分で言い出したんじゃないけどな……と思いつつも、それを口に出すことはできない。
しかし、このままにしていて解放してくれるとも思わない。
意を決して口を開く。
「ゆ……結希奈?」
そう言った途端、結希奈が笑い出した。
「ぷ……あはははははは! なんで疑問形なのよ。あはははは!」
よほどおかしかったのか、しばらく笑い続けた。しばらくしてそれも収まり、涙を拭きながら、
「でも、まあいいわ。合格、許してあげる。慎一郎」
そう言って、慎一郎の肩をぱんぱんと叩いてきた。
結希奈は満足したのか、「それじゃあまた明日」と神社の中へ入っていった。
一人残された慎一郎。結希奈が触れた肩が暖かい。“慎一郎”と呼んだ彼女の声が彼の中にいつまでも残っていた。
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