下水の奥で待ち受けるモノ2
風紀委員長の
その人物は彼女の上司とも言える人物であったので、いつも以上に背筋を伸ばし、キビキビとした動きで敬礼する。
「失礼しました、最高責任者殿! 風紀委員長、岡田遙佳。召喚に応じて参上いたしました!」
直立不動の姿勢で視線は上を向き、相手の顔を見ないように努める。見事な敬礼であったが、それを捧げられた相手は嫌そうに、そしてだるそうに手を振りながら風紀委員長に応えた。
「ああ、そういうのいいから。もっと気楽に」
「しかし、上官に対してそのような態度を取ることはできません!」
「いいから……。こっちが疲れるんだよ」
「はっ! ご命令であれば!」
そう言って遙佳は足を肩幅に広げて手を腰の後ろで組む。いわゆる“休め”のポーズだ。それもかなり堅苦しいが、まあいいやと遙佳のいう最高責任者――北高唯一の職員である
「菊池、岡田に説明を」
「わかりました」
綾子は生徒会室奥の大きな机に座る男子生徒――生徒会長の菊池一に説明を求めた。もともと綾子が持ってきた話ではあるが、同じ話を二度するつもりはないという意思表示だ。何故かというと、もちろん、面倒だからだ。辻綾子とはそういう
「先ほど、辻先生から報告していただいたのだが、この数日、保健室を訪れる生徒が激増しているということだ。もちろん、仮病などといったことではなく――」
「まあ、そういうのは全部私が追い出すからな」
綾子が説明の最中に割り込むように捕捉した。
「保健室にやってくる生徒のほぼ全てが怪我によるものだ。それも、戦いによる負傷――」
「いくつかの部が“地下迷宮”に入っていると……?」
遙佳の言葉に菊池は無言で頷く。
「規約によると、特別に許可された生徒以外は地下迷宮への立ち入りは禁止されているが、それを守らない生徒が出てきたことは風紀委員会でも承知している」
遙佳はいつの頃からか、北校封印後に定められた校則のことを校則とは呼ばず、“規約”と呼ぶようになっていた。菊池が定めた校則を正当なものとは認めないという言外による主張である。
「そうか。ならば岡田君。風紀委員会の名で今一度、地下迷宮への立ち入りを禁ずる旨、声明を出してもらえないか?」
「甘いな。地下迷宮に出入りしている生徒に武器を供給している鍛冶部に活動停止命令を出すべきだ」
「それは困る。万一、生徒が武器を持たずに迷宮に入り、負傷でもしたら一大事だ」
「ならばこれまで通り、迷宮の入り口に人を立たせるくらいしか方法はないぞ」
風紀委員とて人材が無限にいるわけではない。近頃、頻繁に見つかる校内から地下迷宮へと通じる道すべてを見張ることはできない。
「それでいい。こちらのスタンスを再度示しておくのが目的だ」
菊池の方針に遙佳は「甘いことを……」とつぶやいたが、菊池はそれに反応せず、
「わかった。声明は今日中に出そう」
遙佳のその言葉に不満顔で頷いた。
その時、生徒会室の引き戸が乱暴に開け放たれ、小柄な男子生徒が現れた。
「おい、生徒会長! プールに入れないってどういうことだよ!」
怒り心頭で飛び込んできた徹。しかしタイミングが悪かった。
「貴様! 最高責任者の前でなんという口に聞き方か!」
「生徒会室に入る時にはノックをして下さい! それと、会長に無礼な口をきくと許しませんよ!」
遙佳とイブリース、二人の女子に同時に怒鳴られ、それまでの怒りが一瞬にしてしぼんでしまった徹がたじろぐ。
「うっ……。す、すいません」
「それで? 要件はなんですか? 手短にお願いします」
菊池の手前に置かれている寄せ机の前に座る副会長のイブリース・ホーヘンベルクが徹に聞いた。
「えっと……いま、話して大丈夫なの?」
怒られたばかりなせいか、徹らしくなく慎重に聞いた。
「終わったところです。要件を」
「いや……その……。暑いからさ、プールに入ろうとしたんだけど、入れなくて。その……他のみんなも少しは息抜きしたいっていうか、夏なんだし、プールくらい開放してくれてもいいんじゃないかなーって」
「その件についてだが……」
徹の話に応えたのは菊池だ。彼は机の上に肘を置き、そこに顎を乗せてメガネの奥の細長い目を光らせた。
「君たち〈竜王部〉に頼みたい話がある」
「は……?」
プールに水を入れる話が何故、〈竜王部〉に対する依頼になるのか。徹は生徒会役員たちと風紀委員長、辻教諭に囲まれた中で目を丸くした。
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