大迷宮時代6
「翠ちゃん!」
「碧!」
〈転移〉の魔法で園芸部の部室へと戻った碧に翠が駆け寄る。翠を抱き締めようとする碧の頬に、翠の平手打ちが炸裂した。
「あいたっ!」
びたーんという見事な音と涙目の碧。碧の頬は赤く腫れている。
「はうう~」
「今まで何やってたのよ! 心配したんだから!」
そう言って翠は碧を抱きしめて号泣する。普段の翠からは考えられない姿だが、それも仕方がないだろう。
『感動の再会、という所じゃな。実に良い』
メリュジーヌが満足げに言ったとき、碧の頭上にいつしか消えていたウサギの耳がぴょこん、と現れた。
「うわっ!?」
それを見た翠が思わず後ずさりした。そして、「本物!?」などと言いつつ碧の頭上の耳をふにふにといじり始めた。
『いろいろ聞きたいことがあるんじゃが、ま、あとでも良かろう』
メリュジーヌのその言葉に碧の耳が再びピクリと反応した。
「うーん、わたしは別にいいんだけど、でもわたしにもよくわからないこと多いよ?」
『なぬ!? わしの声が聞こえるのか?』
「あれ? そういえば……。あなた、迷宮の中にもいたけど、誰? 子供は家に……ってそうか、学校の外に出られないんだった。大変だったねー」
『むきー! わしを子供扱いするな!』
暴れるメリュジーヌとその頭を撫でようとしてうまくいかずに首を傾げる碧。メリュジーヌに実体はないから当然なのだが、碧はまだそのことを知らない。
「えっと……どこからお話ししようかしら? ちょっと、翠ちゃん! いつまで触ってるの? くすぐったいんだけど!」
「あ、ごめん」
そう言いながらも翠は碧の耳を撫で繰り返すのをやめようとしない。
プール近くの畑でニンジン泥棒を行っていた犯人は碧を覆っていた白い体毛――ウサギのモンスターたちだった。
ウサギたちを追って地下迷宮に落ちた碧は、そこで不思議な体験をした。
夜。辺りからモンスターの泣き声が聞こえてくる中、どうにか身を隠せそうな場所を見つけて身体を潜り込ませた碧。出口はもちろんのこと、今自分がどこにいるかもわからない恐怖はいかばかりのものか。
恐怖に眠ることもできず、それでも休まなければと目を瞑っている。勝手に身体が震えてくる。そんなとき、誰かが話しかけてくる声が聞こえたという。
『なんと言われたのじゃ?』
「勝手にニンジンを食べてごめんなさいって。あと、この子たちを託したい、って……」
そう話す碧の周りにはあの白いウサギのモンスターたちがおとなしく集まってきている。何羽かは碧の膝の上に乗っていて、碧に撫でられるまま、目を細くして気持ちよさそうにしている。こうしているとモンスターとはとても思えない、ただのウサギだ。
碧に話しかけてきた存在は自らを〈竜海の森〉を守護する十二の〈
「十二の〈守護聖獣〉……!?」
「こよりちゃんの言っていた干支に関連した巨大モンスターのことなのかも?」
〈守護聖獣〉たちは従来、〈竜海の森〉に封じられた“鬼”の結界を護る役割を担っていたが、つい最近、突然迷宮のあり方に異変が生じ、〈守護聖獣〉たちが“変質した”という。
理性を持たぬモンスターへと――
慎一郎は狂ってしまったというコボルト達の“犬神様”やネズミやイノシシ、ウシの巨大モンスターのことを思い出した。あれらは“変質した”〈守護聖獣〉なのではないだろうか……。
その、“変質した”〈守護聖獣〉にウサギの〈守護聖獣〉が襲われ、ウサギの〈守護聖獣〉は瀕死の重傷を負い、眷属だけを逃がしたらしい。
残された眷属たちは他のモンスターたちに追い立てられるまま迷宮を移動し、腹を空かして地下からニンジンを盗んでいったのだ。
『なるほど。それで、そなたはウサギどもを引き受けることにした、というわけじゃな、アオイよ?』
「ええ。この子たち、自分たちだけじゃ生きていけないんだって。それで……」
碧がウサギたちを見る目は優しさに溢れており、そこにニンジンを盗んだことや自分を地下迷宮に引きずり下ろしたことへの怒りや恨みなどといった感情は全く見当たらない。
『そやつとは今も話が出来るのか?』
メリュジーヌの問いに碧は首を振る。
「わたしにこの子たちの親になるための“権限”を渡したあと、聞こえなくなったの。心配だわ……」
碧の頭上にある耳がぴょこと動く。これがウサギのリーダーである証なのだろう。
おそらく、ウサギの〈守護聖獣〉はその時点で死んだのであろう。しかしメリュジーヌはそのことを口には出さなかった。
『なるほど。だいたいわかった。〈念話〉が通じなくなったのも、わしの声が聞こえるようになったのも、おそらくその“権限”とやらのせいじゃろう』
「それで、どうするんだ?」
慎一郎がメリュジーヌに訊いた。
『お主はどう思う? シンイチロウよ』
「おれは……」
慎一郎は少しだけ考えて、自らの考えを口にした。
「このまま碧さんに預けていいと思う。その〈守護聖獣〉の言っていることが本当ならウサギたちは碧さんの言うことは聞くだろうし、万一の時に役に立つかも」
“万一の時”とは、地下迷宮からモンスターが出てきたときのことである。以前から慎一郎とメリュジーヌはそのことについて懸念していた。
『と、いうわけじゃ。こやつらのことに関してはそなたに一任する。しっかり面倒を見てやるんじゃぞ、アオイよ』
「……! ありがとう、ジーヌちゃん、慎一郎くん!」
碧は満面の笑みでメリュジーヌに抱きつこうとして失敗し、妥協して慎一郎に抱きついた。
「むぎゅ!」
「ちょ、ちょっと! 何やってるんですか!」
「おい碧! 今すぐそいつから離れろ!」
結希奈と翠が泡を食ったような表情でふたりを引き剥がす。ほんの一瞬であったが、慎一郎の頬には柔らかい感触が残された。
碧が行方不明になってから沈んでいた園芸部に笑いが戻ってきた。
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