大迷宮時代3
翠をどうにかなだめ、〈
部室の隅では〈
途切れ途切れの姫子の話を総合すると、朝からここにいて地下迷宮に行かせろと言われ続けていたらしい。人見知りの姫子にはまさに地獄とも言える数時間だったに違いない。
「それで、どうしたんですか?」
翠を座らせ、結希奈が聞いた。翠の前にはこよりが煎れたお茶が置かれている。薬草栽培の傍ら自ら栽培したハーブティーだ。
翠は出されたお茶に口をつけることなく、ただじっとハーブティーの入ったカップを見つめている。その表情は普段の明るくて元気な翠からは考えられないほど暗く沈んでいる。
「碧が――帰ってこないんだ。昨日から……」
「えっ……!?」
部員達が色めき立つ。今の北高は謎の封印により外部と隔絶されており、家出とか、失踪というのは考えにくい。いや、それ以前に山川碧という三年生のあの、明るくて朗らかな人物像からは家出とか失踪とか、そういう事は全く連想できない。
「大変だ。すぐ探しに行こう」
そう言って腰を上げたのは斉彬だ。フットワークの早い彼の行動には好感が持てる。
しかし、翠は首を振った。
「もう探してる。園芸部と、家庭科部と、あと生徒会と風紀委員も手伝ってくれてる」
「〈念話〉は? 〈念話〉してみたのか?」
「もちろん! でも、どういうわけか繋がらなくて……」
〈念話〉は脳内に記述された〈スクリプト〉によって動作する魔法で、遠距離どうしの会話が可能となるものだ。
その〈念話〉が通じないということはいくつかの可能性が考えられる。
ひとつは、圏外であるということ。〈念話〉の有効半径はおよそ二キロメートルほどで、これは北高の敷地にほぼ相当し、事実上“圏外”はあり得ない。
ふたつめは、相手に出る意思がないということ。しかしこれは双子の妹相手に出ないということは考えにくい。
そして最後は相手が出られない状況にあるということ。眠っている場合もそうだが、連絡が付かなくなって一日以上経っている。何かしらの事故に巻き込まれたと考えるのはおかしな話ではない。
「……確かに、碧さん出ないですね」
結希奈が額に手を当てつつ言った。試しに碧に〈念話〉をかけてみたが繋がらなかったようだ。
「事情はわかった。人手がいるんだろ? もちろんオレ立ちも手伝うぜ。なあ、浅村?」
斉彬は隣に座る慎一郎に同意を求めた。
「いや……」
しかし、慎一郎は同意をしなかった。
「おれたちに助けを求めに来たってことは、そういうことじゃないんじゃないですか?」
慎一郎は翠の方を見る。
「翠さん、本当は碧さんがどこに行ったのか、ある程度は見当が付いているんじゃないですか?」
その言葉に翠はマグカップに落としていた視線を上げて、慎一郎の方を見た。
「うん。碧は……あたしの姉さんは今、地下迷宮にいるかもしれない」
園芸部員に連れられて〈竜王部〉部員と翠はプール脇の園芸部が管理する畑へと案内された。日はだいぶ暮れているが夏の昼は長い。校内の明かりはまだ点灯していないが、それでも校内を歩くのに何ら問題はなかった。
『ここか』
メリュジーヌがつぶやくまでもなく、その畑は荒らされていた。一面の作物が埋まっているはずのそこは地面がむき出しで、格子状に小さな穴が空いている。
そして、畑の隅に一点、ひときわ大きな穴がぽっかりと空いている。
「深いな。ここからじゃ奥は見えない」
徹が穴の中に光球の魔法を落として中を確認した。穴は人ひとりがゆうに入れる大きさがあり、近くに寄ると縁の土がぱらぱらと穴に吸い込まれていくのが余計に不安を煽る。
「メリュジーヌ、どう思う?」
慎一郎が穴をのぞき込みながらメリュジーヌに聞いた。
『わからんの。ここからでは何も見えんし、気配も感じん。ただ一つ言えるのは――』
銀髪の幼女のアバターが穴の上にふわふわと浮いて足をもと見下ろす。
『この穴は確実に地下迷宮に通じている』
〈竜王部〉部員達は神妙な面持ちで畑に空いた穴を見つめていた。
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