大迷宮時代4

「よし、下ろしてくれ!」

 斉彬の合図で彼にくくりつけられたロープが少しずつ下がっていく。


 プール近くのニンジン畑、大きく空いた穴の中に斉彬の身体が入っていく。穴は大きいが斉彬もそれに劣らず大きいので、斉彬は穴の壁をこすり、周囲の土を下に落としながら下っていった。


 当初、バスケ部の依頼のときの井戸と同じように徹が先行して中に入ったが、奥に続く通路が前後にあるだけで何もわからなかったので結局、〈竜王部〉はこの穴から中に入って奥に進んでいくことにした。

 近くの木にロープをくくりつけて、園芸部と風紀委員の男子生徒が〈竜王部〉部員をひとりずつ下ろしていく形式だ。


 この木の脇に碧の〈副脳〉が残されていたらしい。今彼女の〈副脳〉は園芸部の部室へと移されている。


 斉彬が着地したのだろう、それまでピンと張っていたロープが緩み、男子生徒達にかかっていた重みもなくなった。ロープを引くと斉彬の身体から外されたロープが戻ってきた。


 これで〈竜王部〉部員達は全員穴の中へと入っていった。戻りは〈転移ゲート〉の魔法で戻るので、畑に集まっている生徒達はこれで解散した。

 姉の帰りを待つ山川翠は「見つけたらすぐ連絡するから」という結希奈の言葉を信じ、〈竜海神社〉の中にある自室へと帰っていった。

 すでに日は暮れて無人となったニンジン畑を封印以前から取り付けられていた照明が照らしている。




 畑からその下に広がっていた空間まではおよそ五メートルほどと、思ったよりは浅かった。最後に降りてきた斉彬が来たときにはすでに他のメンバーが辺りの安全を確保して、ここから先の探索の準備を進めていた。


 畑に空いていた穴は脆くて今にも崩れそうだったが、その下にあるここはそうではない。周囲は土でできているが固く、中を探索するのに不安はない。

 見る限り、ここはこれまで探索してきた地下迷宮と変わらないように見える。もちろん、地下迷宮は場所によって土造りだったり岩造りだったり、植物が生えていたり水浸しだったり淡く光っていたりと千差万別の姿を見せてくれるので、見た目だけでここが地下迷宮とは断定できない。


 しかし、これまでおよそ三ヶ月、毎日のようにここで潜ってきた部員達にはここは間違いなく地下迷宮の一部だと確信していた。


 ――そして、それは正しかった。


 部員達が降りてきたのは三十メートルほど続く通路の中ほどだった。

 今まで探索してきたエリアとは少し離れていた。最初に見つけた、〈竜海の森〉の中にあった壊れたほこらにあった入り口でない場所から入る初めての探索だ。


 慎重にルートを検討して、まずはこの通路が迷宮内の既知の場所に繋がっているかどうかを確認することにした。ここから最も近い既知の場所は、あの巨大ウシと戦った大広間だ。


「碧さーん」「碧さーん!」


 これまでの地下迷宮での探索と同じく、アップダウンを繰り返して曲がりくねる通路を進んでいく。

 モンスターがいるかもしれない場所で声を出しながら進むのはリスクだったが、目的は行方不明となった碧を探すことだし、もしこの近くに碧がいた場合、モンスターの注意をこちらに引きつけるという点でも声を出しながら進むのは有効だった。




 徹の魔法によりコウモリが炎上して地面に落ちた。先ほどまで敵意をむき出しにして襲いかかってきたコウモリはもう動かない。


「よし、全部倒したな? 先に進もう」

 慎一郎が〈エクスカリバー〉を鞘に収めながら言った。ネズミやらコウモリやらのモンスターがこのあたりに多く、慎一郎達は初めて地下迷宮を探索した頃を思い出さずにはいられなかった。


『腹が減ったのぉ……』

 メリュジーヌがぼやく。いつもの食いしん坊……とは言いがたい。一度今日の探索を終わらせたあと、碧の行方不明を知らされてからすぐに駆けつけたからシャワーも浴びてないし、夕食もまだだ。疲労は溜まっており、一行は無口になりがちな中の一言だった。


 視界の隅に表示されている時計アプリの表示を見た。午後八時。

「あと二時間で切り上げよう」


 慎一郎の提案に異を唱えたのは山川姉妹に寝床を提供している〈竜海神社〉の娘である結希奈だ。

「どういうこと? 二時間で見つけられなかったら諦めて帰るっていうの!?」


 納得できないという表情で慎一郎に詰め寄る結希奈だったが、それをメリュジーヌがなだめる。

『落ち着けユキナ。皆、昼間の探索からの強行軍で疲れておる。このまま続けても効率が悪いし、何より二次被害が起きたらどうする? わしらがここで倒れたら誰も助けられんのじゃ。それを理解せい』


 メリュジーヌの正論に結希奈は振り上げた拳を収めた。しかし理屈では納得したものの感情では納得していないようで、憮然としている。


「まあ、あと二時間で見つけ出せばいいんだしな、なあ、栗山」

「そうそう。やれることは全力でやりましょう、斉彬さん」

 暗くなった雰囲気を察して斉彬と徹が明るく振る舞う。


「そうだ、忘れてた!」

 こよりが朗らかな声でぽん、と手を叩いた。


「みんな疲れてるだろうと思って、ドリンク持ってきたの」

 立ち止まって自分の鞄の中をごそごそとし始めた。そして、中からやや小さめの水筒を二本取り出す。「ほら!」と笑顔。


「疲労回復に役立つ薬草をミルクの中に溶かして、シャーベット状にしてヨーグルトっぽくしてみたのよ」

「うぉー! こよりさんの手作りドリンク!」

 斉彬がこよりの手からひったくるように水筒を受け取ると、そのまま口をつけてごくごくと飲んだ。


「う・ま・い――――――――!!」

 斉彬が絶叫する。その声でモンスターに見つかったりしないかと心配したが、どうやらこのあたりのモンスターは退治したか、身を潜めているようで、彼ら以外に動くものは見当たらない。


 こよりの手作りという部分に引っかかるものはあったが、それでも押し寄せる疲れと空腹に耐えられず口にすると、甘さと酸味がほどよくブレンドされており、非常に美味しかった。


 少しであるが空腹が満たされたからか、それとも薬草の効果があったからなのかはわからないが、迷宮内の暗がりでわかるほど皆の表情が明るくなった。二本用意された水筒のうちの一本を斉彬が独占したことにメリュジーヌが不満を垂らす――かといって口をつけた水筒を誰も受け取りたくはなかった――という一幕を経て、

「それじゃあ、捜索の続きを始めよう」

 慎一郎が宣言し、一行は再び歩み始めた。


 と、その時、結希奈が立ち止まった。

「高橋さん?」

 不審に思った慎一郎が結希奈を見る。


「……聞こえない?」

「聞こえって……何が?」

 言われて耳を澄ます。普段の迷宮は近くにモンスターがいなければ地上――校内よりもよほど静かだ。


 ――す……て……


「確かに、聞こえるな……」

 耳に手を当てた徹が答えた。静寂を破るかのようなその音は、迷宮の壁に乱反射してうまく聞き取れないが、確かに聞こえる。


「ていうか、あたし嫌な予感しかしないんだけど、このシチュエーション」

「奇遇だな結希奈。俺もだよ」

 結希奈と徹が見合って深くため息をつく。慎一郎も同感だ。他の部員達も同じだろう。


「あ、そうか……」

 マップを見ていたこよりがつぶやいた。

「このあたりはもう、前に探索したところだね……」


 音は少しずつ、しかし確実にこちらに近づいている。それに従ってあちこちに響いていた音がはっきりして、何を言っているのかが次第にわかってきた。

 ――す……て……れ……!!


「また、あいつらか……」

 斉彬が頭を抱える。


 そうして視線を向けた通路の奥、少しずつ明かりが近づいてくるそこには走る人影。

 しかし前回とは違って四人分。一応、前回よりは戦力を増強したようだが、その甲斐はなかったようだ。


「たぁぁぁぁすぅぅけぇぇぇぇぇて……くれぇぇぇぇぇぇぇぇ……!!」


 術者に自動で追尾する光球の魔法を従えたジャージ姿の長身の男子生徒が四人。バスケ部員達は全速力でこちらに向けて走ってきて、慎一郎達を追い越すと、急ブレーキで立ち止まり、慎一郎達に背に隠れる。


「と、殿! 助けてくれ!」

「お前らなぁ……」

 困り顔の斉彬に震えながらしがみつく長身の男子生徒の姿は滑稽ではあったが、その姿は恐怖に震えている。


『何か来る!』

 メリュジーヌの警告が飛んだ。今し方バスケ部員達が走ってきた通路の奥から、彼らを追いかけるように影が迫る。

 斉彬に掴まったままのバスケ部員が震えながら叫んだ。


「く、来る……奴らだ! ヘチマ……ヘチマの大軍……!」

「ヘチマの大軍……?」

 一同が首を傾げる。しかし、その疑問はすぐに解決されることとなった。

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