大迷宮時代2
聖歴2026年7月23日(木)
「たあっ!」
――キィィッ!!
慎一郎の〈エクスカリバー〉が高速で飛びかかってくる警戒色をもつツバメのモンスターを両断した。しかし、まるでタイミングを合わせたようにツバメの後ろから別のモンスターが襲いかかる。
「何っ……!?」
もやのようなそれは、明らかに意思を持って慎一郎に突撃してきた。不定形でとても生物に見えないそれは、獲物を取り込み窒息死させて、その後酸で溶かして獲物を食べる肉食のモンスターだ。
「慎一郎、伏せろ!」
背後からの声に慎一郎は一切の疑問を持たずに四肢を大地に投げ出す。その直後――
「氷よ!」
頭上を魔力が奔っていく感覚を覚えた。
――ピギィィィ!
固い金属を落としたときのような音がしたかと思うと、上から伏せ状態の慎一郎の目の前に先ほどのもやのモンスターが落下してきた。このタイプの不定形モンスターは物理攻撃にはほとんど無敵と言っていい耐性を誇るが、魔法攻撃にはめっぽう弱い。
だからこうして魔法で凍らせてその後、粉々に割るのだ。
慎一郎は立ち上がり、凍ったもやのモンスターを踏みつけるとまるで炭のようにいとも簡単に砕け散った。
「これで全部だな」
離れたところでトカゲのモンスターを対処していた斉彬が〈デュランダル〉を鞘にしまいつつこちらに歩いてきて慎一郎に話しかけた。
「そうですね。このあたりのモンスターはあらかた片付けたかと思います」
〈竜王部〉は先日ウシのモンスターを倒した場所から北――〈竜海神社〉の本殿がある地下辺り――へと探索の手を伸ばそうとしていた。
しかし、ウシとの戦いでいくつかの通路が崩落したため、神社の地下の方向へと一直線に向かっているだろうと思われるルートが探索できなくなっていた。
仕方がないので迂回路がないかマッピングをしながら未知の領域を探索している。
この辺りの敵は単体ではたいした強さではないが、どういうわけか複数の種類のモンスターが群れとなって襲いかかってくることが多い。
異なる種族のモンスターが協力して群れを作っていることは世界中を見渡しても多くない。これもこの地下迷宮――果ては北高全体を覆っている結界の影響なのかもしれないが、それを確かめるすべはない。
「それじゃこの先はどう行きましょう、細川さん?」
「えっと、ここから右に曲がったその先の道の状況を知りたいかな」
リーダーの慎一郎とマッパーのこよりがこの先の探索ルートを検討している時、メリュジーヌが気づいた。
『待て。何か来る。足音じゃ』
全員の雰囲気が一瞬で変わり、辺りを警戒し始める。コツ、コツ……。今までモンスターと対峙していた方向とは逆――後方から聞こえてくる。たしかに足音だ。走ってはいない。歩いているように思える。敵はまだこちらに気づいていないようだ。
曲がり角を曲がってすぐの場所で戦っていたから、この位置から後方にいると思われる敵の姿は見えない。戦いの位置取りが悪かったと慎一郎は後悔したが、遭遇戦であったし、今更そんなことを考えても仕方がないとその後悔はすぐに捨てた。
『一匹……二匹か?』
メリュジーヌの言葉は〈念話〉を使った魔術的な信号なので、メリュジーヌの意識が入っている慎一郎の〈副脳〉と魔術的に接続されていない人物には聞こえない。こういう、音を立てられない状況で全員に指示を出すにはうってつけだ。
加えて、メリュジーヌには〈竜王〉としての圧倒的な経験と自信が存在する。普段はただのはらぺこ幼女だが、こういう時には絶大な信頼を得ている。
『いや、これは……。もしかして二足歩行のモンスターか? 気をつけろ、強敵かもしれん』
二足歩行のモンスターは頭脳が発達しており、種族によっては人類のように鍛錬によってより強力になっているものもいる。動物型モンスターよりも侮れない存在だ。
慎一郎と斉彬は先ほどのモンスターを退治して鞘にしまったそれぞれの武器を再び取り出した。斉彬は巨大な一本の剣を両手に、そして慎一郎は片手で持てる大きさの剣を三本。一本は魔法の力で作り出した不可視の腕で握っている。
音を立てないように前衛と後衛を入れ替える。敵は後方からやってきている。足音の間隔は変わっていない。まだこちらには気づいていないようだ。
『シンイチロウ、わしのタイミングで先制攻撃をかけよ。ナリアキラは念のためにバックアップ。その他のものは任せる。ただし、敵が気づくまで呪文の詠唱は禁止じゃ』
メリュジーヌの指示に仲間達が無言で頷く。そうしている間にも足音は少しずつ、だが確実に迫ってきている。
『三、二、一……』
メリュジーヌがカウントダウンを始めた。そして――
『行け、シンイチロウ!』
メリュジーヌの合図とともに慎一郎が無音で曲がり角からまろび出る。
角の向こうに自分の背丈よりも大きな影を見つけ、それめがけて半ば無意識のうちに剣を振り下ろす。
「はっ……!」
息が漏れた音がした。その時、相手の姿を認識した。
「うわわわわわわわわ……!!」
目の前の人物――ジャージを着た細身の男子生徒が尻餅をついていた。慎一郎の〈エクスカリバー〉は彼の目の前、まさに紙一重のところで止まっており、両断されるのを回避されていた。
「浅村、大丈夫か?」
悲鳴を聞きつけた斉彬と、その他の部員達が奥から現れた。
そこには、剣を突きつけた慎一郎と、真っ青な顔で尻餅をついているジャージ姿の男子生徒、そして腰がひけているふたりの長身の男子生徒達。
「……齋藤じゃないか」
慎一郎が剣を鞘にしまい、斉彬が尻餅をついた男子生徒を起き上がらせた。「殿じゃないか。びっくりさせるなよ」と男子生徒。
「斉彬さん、知り合い?」
徹の問いに斉彬が答える。
「ん? ああ。クラスメイトだ。確かお前……」
「バスケ部だ。こいつらは後輩」
齋藤と紹介された三年生から紹介された男子生徒達がぺこりと頭を下げた。
「……っかし、お前ら、なんでこんな所にいるんだ? っていうか、どこから入ってきたんだ?」
「ん? お前、知らないのか? この前〈竜海の森〉の一部が崩れて穴が空いたんだよ。みんなそこから入ってるぞ」
当然知っている。その穴を作ったのは他ならぬ〈竜王部〉だからだ。しかしそういう問題ではない。ここはモンスターが跋扈する地下迷宮だ。
校則で〈竜王部〉以外の立ち入りは禁止されているし、その校則を作ったのは斉彬が兼部で所属している生徒会だ。
「ここは一般の生徒は立ち入り禁止だろう? 勝手に……」
斉彬に聞かれた齋藤が首を傾げる。
「……? ああ。殿は〈竜王部〉だったのか。俺はてっきり前も肉を狙ったんだと思――」
『肉じゃと!?』
メリュジーヌが食い気味にそのワードに反応した。
「知ってると思うが、今北校は空前の肉バブルだ。俺たちもモンスターを狩って、コボルト達に捌いてもらって一攫千金って寸法さ。このビッグウェーブに俺たちも乗るしかないってね」
「モンスターをって……お前らじゃこの先は危険だぞ。やめておいた方がいい」
斉彬が反論するが、齋藤は聞く耳を持たない。
「はぁ? 何言ってんだよ。ここまで楽勝で来れたんだぞ。俺たちの実力、甘く見るなよ」
「いや、それはオレたちがここまでモンスターを狩りながら進んできたからで……」
「それでか! お前らのせいでこれまで収獲ゼロだったんだ。どけ! ここから先は俺たちが行く。お前らは邪魔するなよ」
そう言ってバスケ部の三人は竜王部員達を押しのけて迷宮の奥へと入って行ってしまった。
「……大丈夫なんですか?」
「オレに聞くな」
結希奈が心配そうに斉彬に聞いたが、斉彬は半ば呆れたように肩をすくめた。
その後、バスケ部員達と鉢合わせることもなく、迷宮探索は順調に進んでいた。
――と、思われたのだが……。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」
迷宮の奥から悲鳴と、ドタドタという足音が聞こえてきた。
「おい。あれ、さっきのバスケ部じゃないのか?」
徹が迷宮の奥の方を指さした。確かに、奥の暗がりにぼんやりと明かりが揺れており、そこに照らされる人影は先ほどの三人組のように見える。
「た、たすけてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「ねえ、あの人達の後ろに何かいない?」
暗がりに目を凝らすと、こよりの言うとおり、確かに何かの影が見える。しかも、一体や二体ではなく、何体も……いや、何十体もいるようだ。
『モンスターの群れじゃ……! アリじゃ!』
メリュジーヌが叫ぶ。バスケ部を追いかけるようにアリの大群が押し寄せていた。
「あの数、ヤバいぞ! どうする、慎一郎? 逃げた方がいいんじゃないか?」
徹の提案に慎一郎は一瞬逡巡した。しかしすぐにすべきことを見いだす。
「いや、バスケ部の人たちを見捨てるわけにはいかない。みんな、戦闘準備だ」
「おう!」
全員の号令とともにそれぞれが戦闘準備に入り、モンスターの群れを待ち受ける。
「はぁ、はぁ……」
部員全員が荒い息で立ち尽くしている。周囲には倒したモンスターの山。バスケ部員達を追いかけてきたアリのモンスターは巣が襲われると集団で襲いかかってくる性質があり、慎一郎たちも一度ならず酷い目に遭ったことがあるが、これほどの数は初めてだった。
「お、俺……もう一発も魔法撃てない……」
「あたしも……」
徹と結希奈がへたれ込んだ。魔法は使いすぎると〈副脳〉が自動的にシャットダウンして〈副脳〉を守ろうとするが、二人はそのあとも自分の脳を使って魔法を限界近くまで行使し続けていた。普通はそこまで魔法は使えないものだが、地下迷宮で積んだ経験が二人を支えていた。
「これで……全部か……?」
「ああ……そのようだ……」
慎一郎の問いに斉彬が答える。二人とも肩で息をしている。斉彬は普段軽々と持ち上げている両手剣が重くて仕方がないと言わんばかりに地面に剣を突き立て、柄の部分に腕をかけている。
「すみませんでした!」「すみませんでした!」「すいませんでした!」
助けられたバスケ部が揃って土下座する。
ちなみに、彼らは戦いの邪魔になると後方に押しやられていたので怪我も疲労もなく、とても元気だ。
「これに懲りたら……あまり……無茶するな……」
斉彬に言われたバスケ部員達は、「ははー!」とまるで時代劇の武士のように土下座をしている。斉彬は三年生の間で“殿”と呼ばれているが、傍目には本当の殿様のように見えなくもない。
「今日の探索はもう無理ね。
部員達の中では比較的疲労の少ないこよりが提案した。彼女はこうなることを――最悪、戦闘中に逃げることも――見越して少し精神力をセーブしていたのだ。
『うむ、そうじゃな』
メリュジーヌの賛同を得てこよりがこめかみに手を当てる。地上の部室で残る
「もしもし。あ、外崎さん? うん、わたし。細川。ちょっと早いけど帰ろうと思って。うん、うん。え?」
こよりが驚いたような表情になった。
「どういうこと? 早くって……。え? うん、いいけど? ちょ、ちょっと待って……。え? 外崎さん?」
〈念話〉の内容は外からではわからないが、こよりを見る限り、どうも様子がおかしい。
『どうかしたのか? 何か問題でも?』
「あ、切れちゃった……」
こよりは怪訝な表情でメリュジーヌの問いかけに答える。
「よくわからないんだけどね、早く帰ってきて欲しいとか……」
そう言って、帰りの〈
『どういうことじゃ……? もしや、
メリュジーヌがこよりを止めるが時すでに遅く、こよりの目の前には白く輝く“門”が出現してしまっていた。
『ちっ……! 全員、気をつけろ! 何が起こるかわからんぞ!』
メリュジーヌの警告が飛ぶが、部員達は疲労困憊で動きが鈍い。
まずい、ここで襲われては――
メリュジーヌの頭に最悪の状況が浮かぶ。
メリュジーヌの一瞬の後悔の間に、“門”に変化が生じた。門の表面が波打ち、その奥から影が大きくなってくる。門の向こうから何者かが出てこようとしているのだ。
――少々無茶でもわしがシンイチロウの身体を動かして……
メリュジーヌが子供達を守るための算段を組み立てている間に、その影はますます大きくなり、そして、実体化した。
「こよりちゃーん! うわーん!」
ポニーテール姿の制服の女子生徒は〈
「お願い、助けて!」
「山川……翠さん……?」
こよりはその豊かな胸の中で泣きじゃくる女子生徒の名を呼んだ。翠はちゃっかりこよりの豊かな双丘に顔を埋めている。
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