真夏のハッピーバースデー3
聖歴2026年7月19日(日)
斉彬の迷宮探索とバイト、二足のわらじの生活は続いていた。
朝は誰よりも早起きしてバレー部が飼っている牛の搾乳の手伝い。迷宮探索を終えて夕方からは園芸部の草むしりや収穫。合間に各部の荷物運び。さらに夜には風紀委員の手伝いで巡回などもしていた。
一度、慎一郎が気を利かせて迷宮探索を早めに切り上げようとしたが、斉彬に「配慮は無用だ」と断られ、それからは変わりなく迷宮探索を続けている。
元々体力が有り余っているということもあり、また短期であるということもあって睡眠時間を削ってバイトを掛け持ちしていた斉彬であったが、さすがに疲労の色は隠せなくなってきた。
「ふっふっふ。今日のお弁当はすごいわよ。みんな、あたしに感謝すること間違いなしなんだから!」
昼食時、いつものように安全な場所を探して車座になり、〈竜王部〉のお弁当担当でもある
『ほほう、それは楽しみじゃな。じゃが、わしの目は厳しいぞ。ちょっとやそっとのご馳走には見向きもせんからな』
「食べ物なら何でも目の色が変わるくせによく言うよ」
すでに目の色が変わっているメリュジーヌと冷静にツッコミを入れる慎一郎。他のメンバーも固唾をのんで弁当箱が開かれるのを今か今かと待ち構えている。
「じゃじゃーん!」
結希奈のファンファーレとともにバスケットのふたが開かれる。そこに入っていたのは――
『おおおーっ……!』
バスケットから光が溢れ――彼らには実際そう見えた――その中から三角に切った白いパンに挟まれた茶色い衣に包まれた分厚いスライス肉。すなわち……。
『か、カツサンドじゃぁぁぁぁぁぁぁ……!!』
メリュジーヌならずとも目が輝く。コボルト村との交易開始により、彼らが狩ったウシやイノシシのモンスターの肉が続々北高へ入るようになった。〈竜王部〉にもようやくその恩恵に与れるようになったというわけだ。
『は、早く食わせろ。わ、わしはもう……よだれが止まらん!』
メリュジーヌの口からは滝のようによだれが流れ出している。これは映像のはずなのだが、それほど興奮しているということなのだろう。
急かすメリュジーヌを焦らす理由は慎一郎にはない。彼の腹の虫もぎゅうぎゅう鳴いて食べ物を急かしていたからだ。
バスケットに手を伸ばす。こよりもバスケットに手を伸ばし、カツサンドを口に運ぶ。「おいし~」とこよりの顔は幸せそうにゆがんだ。
『こんな日に参加せんとはトオルの奴もほとほと運のないやつじゃのぉ』
この日、部員の栗山徹は探索に参加していない。彼は時々、迷宮内に拠点を置いた剣術部の様子を見に行っているのだ。
慎一郎もカツサンドにかぶりつく。柔らかなパンの感触の向こう側に衣のさっくりとした食感。そしてその奥には肉厚の猪肉のカツ。
そこから溢れ出すジューシーな肉汁が口腔を満たし、食べるものに果てしない幸福感をもたらす。
さらに余分な肉汁はカツを優しく包み込むパンが吸収してくれて、必要以上の脂っこさは微塵も感じない。
『はぅぅぅぅ~ん。何という美味じゃ。世界中の美食という美食を口にしてきたわしじゃが、このカツサンドに比べれば二段も三段も落ちるわ!』
メリュジーヌが頬に手を当てながら絶賛する。普段ならば大げさなと笑う面々であったが、今日ばかりはその言葉に賛同できる。
「たくさん用意してあるから、遠慮なく食べてね」
上機嫌の結希奈が鞄から次々バスケットを取り出す。それに生徒達は歓声を上げた。
これもすべて、コボルト達のおかげだ。彼らは〈竜王部〉が巨大イノシシを倒した後、残ったイノシシのモンスターたちを狩って北校生たちに肉を安定供給してくれる。
次々とバスケットに手が伸び、数多く用意されていたカツサンドがひとつ、またひとつ数を減らしていく。
だが、この幸せな時間に参加していない部員が一人だけいた。
「斉彬くん……?」
最初に気がついたこよりが斉彬に声をかける。彼は愛用の両手剣〈デュランダル〉を両手に抱え、迷宮の壁にもたれかかって座りながら眠っていた。
「斉彬くん。食べないの?」
こよりが斉彬の肩を揺らして起こそうとしたが、それをメリュジーヌが止めた。
『疲れておるんじゃろう。休ませてやれ』
その言葉にこよりは頷いた。
「斉彬さんの分は別に分けておくわ。起きてから食べてもらいましょう」
『そうじゃな、頼むぞユキナ』
そんな話をしているとはつゆ知らず、寝不足の三年生は安らかな顔でつかの間の睡眠を満喫していた。
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