真夏のハッピーバースデー2
「浅村。金貸してくれ!」
軽食を取るために立ち寄ったカフェで偶然顔を合わせた斉彬は、やってくるなりいきなり頭を机にぶつける勢いで言った。
『何を言っておるんじゃ、お主は?』
これにはメリュジーヌも驚いたのか、どこからかハリセンを取り出して斉彬の頭をぺしぺしと叩いている。もっとも、ハリセンも実体を持たない映像なので斉彬に当たったりはしないが。
「おれもそんなに持ち合わせがあるわけじゃないですけど……。一体、いくら貸して欲しいんです?」
斉彬の突然の頼みに慎一郎がそう返すと、メリュジーヌのハリセンの矛先は慎一郎に変更された。
『お主も何を言っておるんじゃ! 事情も聞かすに金を貸す奴がおるか!』
メリュジーヌの怒りに慎一郎と斉彬が揃って目を丸くして驚いた。そして、二人揃って、
「メリュジーヌが」「まともなことを言った……」
メリュジーヌはあたりの机をひっくり返しそうな勢いでずっこけたが、彼女の身体はただの映像なのでカフェ担当の女子生徒が泣く泣く掃除をするという事態は避けられたのだった。
「実は……」
もう一杯アイスコーヒーを注文して落ち着いたところで斉彬が切り出した。
「俺もついさっき手に入れた情報なんだが……。今度の月曜日、七月二十日はこよりさんの誕生日なんだ」
『なるほど……。それでコヨリにプレゼントを渡したい、そういうわけじゃな?』
「お、おぅ……。話が早くて、助かる……」
メリュジーヌの指摘に斉彬の巨体が小さくなっていくように感じた。見れば、顔も赤くなっているようだ。
『それで? コヨリに何を贈るつもりじゃ?』
斉彬が顔を上げた。まっすぐメリュジーヌの方を見るその瞳は真剣で、真摯だ。
「花を……こよりさんに似合う花を……贈りたい」
『ふむ。妥当なところじゃな』
メリュジーヌが頷いた。外に出られない現状、服やアクセサリは入手が不可能に近い。かといって食事も日常的に過ぎる。今の北高で入手が可能で、かつそれなりに非日常を演出できるとなると良い選択であると言えるだろう。
「なら……」
口を開いたのは慎一郎だ。他の二人の視線が慎一郎に集まる。
「借りるんじゃなくて、自分のお金で何とかした方がいいんじゃないでしょうか?」
もっともな意見だ。だが――
「それはそうなんだが……」
斉彬が言葉を濁す。そこに助け船を出したのはメリュジーヌだ。
『手持ちが足りん、というわけじゃろ? でなければわざわざ貸してくれなどという、恥を晒すようなことはすまい』
「あ、ああ……。その通りだ。花を育てているいくつかの部で確認してみたんだが、正直、手持ちじゃ
再び小さくなる斉彬。
「ああっ、す、すいません! そこまで気が回らなくて……」
「いや、いいんだ。すべてはオレのふがいなさが原因。クソッ、どうしてもっと貯金しておかなかったんだ!」
斉彬はガン、と机を殴る。思ったよりも大きな音だったので、カフェ担当の生徒がびっくりしてこちらを見た。
「すまん」と女子生徒に一言謝り、斉彬は黙り込んだ。
「だったら……」
慎一郎はもう飲み終えてしまったコーヒーカップを見ながら言った。続けて、
「やっぱり、お金は借りるんじゃなくて、自分で何とかした方がいいと思います。細川さんもその方が喜ぶと思うし」
「それは、そうなんだが……」
「細川さんの誕生日までまだ一週間近くあります。ですから……」
慎一郎は顔を上げ、正面から斉彬を見る。
「バイト、してみたらどうでしょう?」
「バイト……?」
斉彬は新校舎三階の園芸部部室前に立っていた。扉の向こうでは園芸部員達が忙しそうに動き回っているのが気配で伝わってくる。
斉彬は扉の前でため息をついた。
――本当に、バイトなんて募集しているんだろうか?
「バイト、してみたらどうでしょう?」
「バイト……?」
斉彬はカフェでの慎一郎との会話を思い出す。
「はい。この前、山川――碧さんに聞いたんですけど……」
「人手不足で困っているらしいですよ。畑を大きくして輪作を始めたのはいいけど、今いる部員じゃ全然足りないって聞いたから、コボルトを紹介しようと思ってたんですよ」
「なるほど……。人手の足りていない部を探して手伝いをするのは悪くないな」
『だからといって迷宮探索を疎かにするでないぞ』
「当たり前だ、メリュジーヌ。迷宮探索はオレの心のオアシス。なんといってもこよりさんと一緒に散歩できるわけだからな!」
斉彬にかかっては迷宮でのモンスターとの戦いもこよりとの散歩デートになるらしい。
カフェでのやりとりを思い出し、決意を新たにする。
「こよりさんの誕生日まで今日を入れて四日。全力でやるしかない……!」
一歩を踏み出し、園芸部の扉を開けようと手を伸ばしたとき、斉彬が開けるまでもなく向こうから扉が開いた。
「お……? 誰かと思ったら殿じゃんか」
“殿”とは斉彬のことである。斉彬の名前が殿様の名前っぽいからというのがその理由だ。ちなみに、この名前を付けた斉彬の父親は鹿児島出身でもなんでもなく、歴史好きだからということらしい。
「おう、
園芸部の部室から出てきた牧田という女子生徒は爽やかなイメージのする三年生だ。短く切りそろえた髪とすらりとした体格から陸上部か何かに所属しているように思われがちだが、自分は運動音痴であると自称している。ちなみに、斉彬とは二年生の時に同じクラスだった。
「で、どうしたの? “こよりちゃん”はここにはいないけど?」
「バ……! な、なんでお前がこよりさんのことを知ってるんだよ!」
「なんでって、いつもあんなに大きな声で『こよりさ~ん』とか言ってれば嫌でも聞こえてくるっての。みんな知ってるよ」
「そ、そうだったのか……」
頭を抱える斉彬。牧田が「まあ気にするな」と、からかうように斉彬の肩をポンポンと叩く。
「で、園芸部になんの用?」
「そうだった。実はな……」
牧田にバイトをしたい旨を話した。牧田は部長の山川碧に取り次ぎ、碧は斉彬の申し出を喜んで受けた。「なんだ、結局“こよりちゃん”なんじゃないか」とは牧田の談である。
「では、森先輩にはこのトウモロコシ畑の草むしりをしてもらいます」
数分後、碧に連れられて斉彬がやってきたのは校庭の一角に作られたトウモロコシ畑だ。
その大きさはプールほどもあり、すでに身長百九十センチある斉彬よりも大きく成長したトウモロコシで埋め尽くされている。
「これを? オレ一人で?」
「はい。あと三時間くらいで日が暮れるので、それまでにお願いします。
にこやかに厳しいことを言って園芸部部長は去って行った。残された斉彬は一瞬唖然としたが、「こよりさんのためだ」とトウモロコシ畑の中に入り、作業を開始した。
三時間後、日没の時刻を迎え、そろそろ辺りも暗くなったという頃に何とか草むしりは終了した。
「いててて……」
ずっとかがんでいて腰が痛い。夏の日差しの中、一心不乱に作業していたためにあちこち日焼けして痛い。おまけにあちこち虫刺されで痒くてたまらない。
しかし何とかノルマは達成した。その旨碧に伝えると、バイト代として五千北高円を支払ってくれた。
〈北高円〉とは、封印下の北高で流通している貨幣である。生徒会が発行しており、偽造対策もバッチリだ。
「三時間で五千円か。よし、この調子で頑張るぜ!」
日焼けで真っ赤になった顔に笑顔を浮かべ、園芸部部室をあとにすると、大きな荷物を持った女子生徒が目に付いた。
「おおい、その荷物、運んでやるよ!」
こうして、斉彬のバイト生活が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます