牛の歩みも千里10

『まさか、あやつの柔らかい部分を晒すために自ら投げられるとはのぉ』


 慎一郎が動かなくなったウシの喉元に突き刺さった〈エクスカリバー〉を引き抜くときに言ってきた。


『しかしお主、いつの間に〈浮遊剣〉を身につけたのじゃ?』

 メリュジーヌが普段使っている剣を飛ばして攻撃する魔法は〈浮遊剣〉というらしい。


「いや、ぶっつけ本番だ。お前がいつも使ってるのを見てたから、いけるんじゃないかと思ってな」

 慎一郎の脳とメリュジーヌが使用している慎一郎の〈副脳〉は魔術的に接続されている。故にある程度の経験は共有されているが、それを利用したやり方だったようだ。


『まったく、無茶をする。もし使えなかったらどうするつもりだったんじゃ?』

「それでも、メリュジーヌが何とかしてくれると思ってた。実際、同じタイミングで同じ所を攻撃しただろう?」

 牛の喉元に突き刺さった二本のうち一本は慎一郎が〈浮遊剣〉で突き刺したものだが、もう一本はメリュジーヌのものだった。


「お疲れ。あいつを仕留めるなんて、やるじゃないか」

 徹が肩を組んできた。周囲にはバレー部の女子生徒達も集まってきている。斉彬は眠ってしまったこよりをおぶって結希奈とともにこちらに歩いてきた。


「いや。斉彬さんと……こよりさんのおかげだよ。斉彬さんがダメージを与えてくれて、こよりさんがバレー部の人たちを守ってくれたからできたんだ」

「謙遜するなって。こういう時は誇っていいんだぞ」

 徹が慎一郎を小突いた。正直もうクタクタで、立っていられないほどだったが、それを見て徹は察してくれたのか慎一郎の身体を支えてくれた。


「浅村君、それに、〈竜王部〉の皆さん――」

 バレー部の女子生徒――確か、松井と言ったはずだ――が慎一郎の前へ進み出た。その後ろでは他の部員達が白黒のウシを連れてきて、早速ミルクを採取している。たくましいものだ。


「ほんっっっっっっとうに、ありがとう!」

 そして、松井は深々と頭を下げた。他の部員達も作業を一旦止めて頭を下げた。そこにいた皆に笑顔が広がった。


「なあ、ちょっと聞きたいんだが」

 眠っているこよりをおぶった斉彬が聞いてきた。その視線の先には立った今倒したばかりのウシが横たわっている。

「これって、牛肉だよな?」

 誰かの腹が鳴った。それは、一人ではなく複数のものだった。




「それでおいら達を呼んできたってワケっすね。さすがは浅村殿、ナイスな人選って奴っすよ!」

 バレー部員達は白黒ウシから採取したミルクを持って学校へ戻り、代わりに五つの人影がやってきた。


 慎一郎の腰ほどまでしかない身長に青い体毛、ピンととがった耳に乾いた鼻。

 コボルトのゴンと、彼の部下達である。ゴンはすぐ隣に横たわっているウシのモンスターを見た。

「おおっ、これは予想以上に大物っすね~。こんな大物、あのイノシシ以来っすよ」


 およそ一ヶ月前、コボルト村で巨大イノシシを倒した後のコボルト達の手際は見事だった。ついさっきまで大苦戦していたモンスターがあっという間に肉の塊になったのだから。


 今回、ウシのモンスターを倒したことで再び肉を手に入れたわけだが、〈竜王部〉部員はもちろん、おそらく校内の誰もウシを捌くことなどできないだろう。

 そこでゴン達コボルトに白羽の矢が立ったわけだ。


「大きすぎて村までは運べないかな……」

 慎一郎がつぶやくと、ゴンは自慢げに胸を張った。

「そうだろうと思ってここで捌く準備をしてきたっす!」

 さまざまな大きさのナイフやナタ、ノコギリや木槌までを一斉に取り出したコボルト達がにやりと笑う。


「お前ら、浅村殿のご依頼っす。ご恩返しだと思ってしっかりやるっす!!」

 ゴンの檄にコボルト達は「おう!」と応え、ウシの周りに取り付いていく。その手際は見事の一言で、あれよあれよという間にウシが牛肉へと変貌していく。


 そして、気がつけば巨大な牛肉の塊が地下迷宮内の広間に積み上げられていた。

 解体中、やはりウシの中から発見された白い球はこれまで同様、慎一郎が預かることになった。


「うおー、肉だ!!」

『肉じゃー!!』

 〈竜王部〉でも“大食い”トップツーであるメリュジーヌと斉彬が叫んだ。


 解体された肉は全量を〈竜王部〉が持ち帰り、ゴン達は手間賃としていくらかの〈北高円〉を手に入れた。正確にはただ働きでいいというゴン達に無理やり持たせた形ではあったが。

 持ち帰られた肉は校内に取り残された全生徒に分け与えられた。封印以来三ヶ月ぶりの“肉”に全校生徒は狂喜乱舞し、北高はこの日、封印以来、いや、学校創立以来最大のお祭り騒ぎだったという。


 その後、北高はコボルト村との交易を始め、北高は肉を、コボルト村は野菜やその他道具類を手に入れることになるわけだが、それはまた別の話。

 バレー部のアイスは材料の安定供給により販売を再開、予約制にすることにより当初は一週間先まで予約で埋まる状況だったが供給が安定したことにより騒ぎも沈静化、すぐにいつでも手に入る状態になっていった。


 梅雨も開けて北高はこれから夏本番、夏休みの季節に突入していく。

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