牛の歩みも千里9

 振動が収まった後、慎一郎は頭を庇っていた手をどけて、あたりを見渡してみた。


 もうもうと立ちこめる土煙と辺り一面に散らばる大小の石。慎一郎や斉彬が立っている場所や、結希奈達がいる場所にはあまり被害はないようで、落ちている石も小さなものばかりだ。


 しかしウシが突っ込んだあたり――バスケ部員達がいたあたりはそうはいかない。

 小はこぶし大から、大は人の頭ほどの大きさまで、数多くの石が落ちている。

 さらに巨大な岩――迷宮の天井そのものが割れて、斜めになって別の岩の上に乗っている。


 その斜めの岩を抑えている岩は壁から突き出す形でちょうどのように天井を支えており、これが大規模な崩落を支えている形になっている。

 まさに間一髪のところで全面崩壊を免れたと言ってもいいだろう。


「ふぅ……びっくりした……」

 瓦礫の山からバスケ部の松井が顔を出した。

「みんな、大丈夫ー?」

 松井が声をかけると、バスケ部員達は次々と瓦礫から顔を出して笑顔で無事を伝えた。


「大丈夫ー」「源田、無事でーす」「けほ、けほっ……すごかったね」

 全員、土ぼこりで真っ白だがそれ以外は問題なさそうだ。各々自分のジャージや髪についたホコリをぱたぱた落としている。


「しかし、まさか天井が崩落するとはな……」

 徹達の所へ戻ってきた慎一郎がつぶやいた。メリュジーヌが同意する。


「〈デュランダル〉を一緒に埋もれちまった……。外崎に怒られるな、こりゃ」

 頭を掻きながら戻ってきた斉彬の手に愛用の大剣は握られていない。ウシの背に乗ったときに突き刺したまま斉彬は振り落とされ、ウシは瓦礫の下敷きになった。


「〈竜王部〉さん、大丈夫だった?」

 バレー部の四人もやってきた。崩落した天井の近くにいたにもかかわらず、全員元気そうだ。お互い先ほどの戦いについての感想を口々に語っている。


 その時、ドカンという先ほどよりも大きな轟音とともに、斜めに引っかかっていた崩落した天井が完全に落下した。腹に響く音に全員が再度の崩落を警戒する。


「大丈夫。もう崩れない……はず。岩は安定させたから」


 こよりがふう、と息をつき、壁についていた手を離した。次の瞬間、先ほどまで天井を支えていた壁から張り出していた岩が音もなく崩れ去った。天井を支え、完全な崩落を防いでいたあの斜めに張り出していた岩はのだ。


「必要ない部分をぞぎおとして、もとの素材の形を生かしてゴーレム生成したんだけど、常時魔力を注入し続けないと形を維持できなかったみたい」


 普段呼び出す“レムちゃん”とは比較にならない大きさとパワーののゴーレムを呼び出したからくりを解説した後、くたっと抱きかかえる結希奈にもたれかかった。その額からは大粒の汗が流れ出している。


「こよりさん!」

 斉彬が慌てて駆け寄ってくる。しかし、こよりはそれを制した。

「大丈夫。魔力の使いすぎでちょっと疲れた……だけ」

 それだけを言うとこよりは眠ってしまった。


「安心して、眠っただけよ。……ヘンなことしちゃダメだからね」

「するかっ……!」

 結希奈の冗談に真面目に答えた斉彬だったが、ちょっとだけ残念に思った。


『一件落着、といった所じゃな』

 メリュジーヌが集まってきた一同を見つめながら言った。そしてにまっ、と笑い、

『これでアイスが食えるというわけじゃ!』


 嬉しそうなメリュジーヌの声に部屋の中を見渡すと、先ほどの戦いから逃れるためか、茶色いウシも白黒のウシも部屋の隅に固まっている。しかしどのウシも相変わらず暢気に草を食んでおり、怪我をしたウシはいなさそうだ。


「それにしても助かったよ。さすが俺の松井ちゃん、十亀ちゃん、源田ちゃん、多和田ちゃん」

 調子のいいことを言ってバレー部員達にちょっかいをかける徹。

 その時、部屋の奥の瓦礫が勢いよく吹き飛ばされた。




『あやつ、生きておったか!』

 全員が瓦礫の方を見た。そこには背に〈デュランダル〉を突き刺し、全身傷だらけになりながらも悠然と立ち上がる巨大ウシの姿があった。


 本来ならばあの天井の崩落に巻き込まれて潰れていたはずであったが、バレー部員達を助けるためにこよりが創りだしたゴーレムの腕が皮肉にもウシを生かしてしまっていたのだ。


「おれが敵を引きつける。メリュジーヌ、援護を!」

『わかった!』

 慎一郎がウシに向けて「こっちだ!」と叫びながら走って行く。時折身体が淡く光るのは後ろで徹と結希奈が強化魔法をかけてくれているのだろう。


 ウシの赤く光る瞳がこちらを向いた。そして、怒りに身を震わせ、身を低くして全身に力を溜める。

『来るぞ』


 慎一郎は立ち止まり、無言で頷いた。他のメンバーからは十分距離を取った。ここでウシを迎え撃つ覚悟だ。

 巨大ウシが地面を蹴った。片方を切り落とされ、残った角をこちらに向けて突進してくる。

 しかし、そこには先ほどまでの力強さはない。あの巨大モンスターにも限界が近い。


 メリュジーヌの声が頭の中に響いた。

『奴の体表は堅い。柔らかい部分を狙え。普段隠している――喉元や腹。そういう部分じゃ』


 姿勢を低くして、敵を見据える。頭を低くして、迫ってくる巨大なモンスター。勢いは先ほどとは比べるべくもないが、見上げるような大きさ、そして何よりその質量は脅威だ。

 しかも、当然のように自らの弱点である弱い部分は隠している。何とか堅い扉をこじ開けて敵に一撃を与えなければ――


 ウシの片方しかない角が激突する。とてつもない衝撃だが、それをうまくいなし、左手に持った〈エクスカリバー〉を振った。

 鈍い音がした。残った角の切断に成功した。しかし、その代償に左手の〈エクスカリバー〉は大きく弾き飛ばされてしまった。


 しかしその甲斐あってウシの足を止めることができた。残った一本の〈エクスカリバー〉でウシの頭を押さえつける。


『ウシの動きを止めたのは良いが、どうするつもりじゃ!』

 メリュジーヌが魔法で浮かせた剣で胴体を攻撃しながら叫んだ。その攻撃はウシに少しずつダメージを与えているが、致命傷となるにはほど遠い。


『うぐぐ……このままでは……』

 メリュジーヌが歯噛みする。今は均衡しているが、この均衡が破れたときに待ち構えているのは敗北だ。体力勝負では当然、こちらが不利だ。


 そして、その均衡が破れるタイミングは思いのほか早く訪れた。


 ――ブモォォォォ……!


 頭を押さえつけられたウシが、それを利用して頭を大きく振り上げた。その勢いで大きく上方に跳ね飛ばされる慎一郎。息をのむ仲間達。


「慎一郎!」「浅村!」「浅村!」

 仲間達の悲鳴が聞こえた。しかし、慎一郎は冷静だった。弾き飛ばされながらも正確にウシの頭を


 頭を上げることで晒されたウシの喉元めがけ、何かが飛んでいき、そこに突き刺さった。

 びくっと一度だけ震え、ウシはゆっくりと頭から崩れ落ちる。そして、それきり動かなくなった。


 投げ飛ばされた慎一郎が着地したのは、それとほぼ同じタイミングだった。徹が〈浮遊〉の魔法でアシストしてくれたからノーダメージで着地できた。

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