牛の歩みも千里8
「北高女子バレー部、参上!」
バレー部員達は後ろで色とりどりの爆発が起こりそうな調子でそれぞれポーズを取った。
「松井ちゃん……! それに、
奥の方から徹の嬉しそうな声が聞こえてきた。
「ここからはあたし達に任せて! みんな、散開!」
松井が号令をすると四人はさすがの機敏な動きで部屋の中に散らばった。
「いくよ」「おー!」
元気のいい声が部屋に響き渡る。
四人の中で唯一、最初の位置から動かなかった松井が背後から何かを取り出した。
「あれは、バレー部の……?」
高さは一メートルほど、一抱えほどある大きさのその大きな篭にはいくつものボール――バレーボールが入れられていた。
松井はその篭からボールをひとつ取り出すと、それを大きく掲げた。
「そーれ!」
そのままボールを軽く上に放り投げると、右手でそれを勢いよくたたきつけた。
「十亀!」
ボールは十亀と呼ばれた女子生徒のところへ飛んでいった。十亀は身を低くして両手を前方に伸ばしてクロスさせる。そのまま飛んできたボールを弾き飛ばした。バレーボールのレシーブだ。
「源田!」
ボールはまた別のバレー部員のところへ飛んでいった。高く上がったボールをそのバレー部員――源田は頭上にあげた両手で優しく受け止め、さらに別の部員のところへと渡してやる。バレーボールのトスだ。
「多和田!」
源田のトスは最後のバレー部員、多和田の頭上へと正確に飛んでいった。多和田はそれをめがけて大きく飛び上がり、高い打点からボールをウシめがけてたたきつけた!
「そりゃぁぁっ!」
直後、たたきつけられたボールは炎をまとい、バレーボールは炎の球となる。先ほど慎一郎と斉彬を救ったのはこのボールだったのだ。
――ブモォォォォォォォォォ……。
炎をまとった強烈なアタックが未だ体勢を整えられない巨大ウシに炸裂した。巨大ウシはそれに耐えきれず身をよじらせる。
「いいぞ、効いてる!」
隣で斉彬がガッツポーズをした。
立て続けに二発目、三発目がウシに命中。そのたびに熱気がこの辺りまで舞い込んでくる。
「ようし、もういっちょう!」
軽快な調子で炎のアタックが立て続けにウシに炸裂する。
しかし、その勢いは永遠のものではなかった。
一発、また一発とアタックが命中するたびにバレー部員に焦りの表情が広がっていく。
そして、最後の一発がウシに命中した。ウシは苦しそうに身もだえするが、必殺の一撃にはならなかった。
ウシはそれが最後の一発であったことを知っていたかのようにうずくまるような防御の姿勢から一転、立ち上がり、身を低くして前足で地面を掻きだした。
怒りに燃えるその瞳は女子バレー部に向いており、溜めに溜められた復讐の炎は爆発する寸前だ。
『いかん、奴を止めろ!』
メリュジーヌの声に反射的に脚が動き出した。身を低くするウシに向けて駆け出す。
しかし遅かった。慎一郎が剣を振りかぶって切りつける一瞬前にウシは爆発的な勢いでバレー部員に向けて突進していった。
「避けろぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
慎一郎が叫ぶ。バレー部員たちは蜘蛛の子を散らすようにそこから離れていくが、ウシはそんなことお構いもなくバレー部員たちが一瞬前までいた場所に突撃、奥の壁に激突した。
それまでの幾度かの衝突とは比べものにならないほどの轟音と揺れ。立っていることができず、思わず手をついた。
「うわっ、びっくりした」「すごいスピードだったね」「みんな、大丈夫?」「大丈夫ー」
見るとバレー部四人とも 尻餅をついているが、全員怪我もなく無事のようだ。
ウシが突撃した壁のあたりはもうもうと土煙が巻き上がっている。ウシは後ろ足をもぞもぞさせているがそこから出てくる様子はない。どうやら、壁に突っ込んだ勢いが強すぎて周囲の岩に挟まって抜けなくなったようだ。
「なあ、メリュジーヌ。何か聞こえないか?」
慎一郎の指摘にメリュジーヌが意識を集中させる。しばらくして何かに気づいたようにはっとなり、そして叫んだ。
『いかん、崩れるぞ!』
その直後、ウシが突っ込んだ付近、バレー部員たちがいるところの天井が崩落した。
最初にそれに気づいたのは結希奈の治療を受けている最中のこよりだった。
脚の治療を受けているおかげで部屋全体を大きく見渡せるという事情もあった。普段土や石でゴーレムを創っていることからその前兆に敏感だったということもある。
「なあ、何か聞こえないか? こう、腹に響くような……」
近くで二人を守っていた徹が周囲を見渡しながらつぶやいた。やはり、気のせいではない。
こよりは慌てて立ち上がろうとした。この位置では対処しようにもなにもできない。しかし、彼女の脚は完全ではない。立ち上がろうとしたときに激痛が走り、うずくまってしまう。
「こよりちゃん!」「こよりさん!」
結希奈と徹が駆け寄ってきた。心配そうにこちらを見下ろすが、構っている暇はない。今すぐ何とかしなければ、間に合わない。
こよりは壁に手をついた。そこは一部がウシの突撃により破壊されているものの、それ以外は一枚の岩で出来ているように見えた。
そのまま呪文の詠唱を始める。
(いつものようにやっていたんじゃ間に合わない。必要ない部分を省略して、造形はもとの岩の形を生かして、一部分だけ……)
詠唱しながら呪文の構築をするその技術はとても高校生レベルのものではなかったが、そのことに気づいた者はいない。
一瞬で詠唱を終え、錬金術の成果は即時、迷宮の壁に変化をもたらす。
『いかん、崩れるぞ!』
呪文の完成とメリュジーヌの叫び声、そして天井の崩落はほぼ同時だった。
最大級の轟音と振動がその部屋にいたすべての者に襲いかかる。
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