牛の歩みも千里6

                       聖歴2026年7月16日(木)


 バレー部が見つけたミルクの湧く井戸は、巨大ウシが縄張りとしているあの大広間に通じているというのが徹の偵察の結果導き出された結論だ。


 つまり、販売停止が続いているアイスをどうにかすることも、封印された北高から脱出するために続けている地下迷宮の探索を進めることも、あの縄張り意識の強いウシをどうにかしかねれば一歩も進めないという点に収束したことになる。

 しかし、狭くて一人ずつしか下っていくことのできない井戸からではどうにもならない。


 そういうわけで、慎一郎達は翌日、姫子のはしごを使って再び大広間前へとやってきていた。


『コヨリよ、よい考えがあるそうじゃな』

「そうなのよ、ジーヌちゃん。昨日、お風呂に入っているときに思いついたの」

 そう言ってこよりは持ってきた紙袋の中から石を取りだして呪文を唱える。若干一名、「こよりさんのお風呂……!」と興奮している三年生がいたが、いつものことなのでいちいち反応する者はいない。


 こよりの呪文が完成すると、石のゴーレムができあがった。普段はその場にある材料でゴーレムを創るのだが、ここはウシのモンスターが草を食べたあとの柔らかい土壌なのでわざわざ硬い石を持ち込んだのだ。

 しばらくして五体のゴーレムができあがった。こよりはそれぞれのゴーレムの背中に赤いハンカチを取り付けた。ゴーレムの大きさだとちょうどマントを羽織っているように見える。


「ふふっ、なんかかわいいね」

 結希奈が感想を漏らした。こよりはにっこりと笑う。


「レムちゃん達を部屋の中へ走らせて、ウシのモンスターが気を取られている間にわたし達も中に入って体勢を整えたらどうかな?」

「いいですね、やってみましょう」

 軽く打ち合わせをしてゴーレムを走らせる方向と慎一郎達が体勢を整える場所を決め、各々突入の準備を整える。


『相手の力量がわからん。リスクが大きいようなら退却も考えよ。幸い、あのウシはこの通路まではやってこない。ここまで逃げ切れれば安全じゃ』

「わかった。メリュジーヌ、退却の判断を」


『うむ。じゃがシンイチロウよ。そなたもわしの判断を過信せず、無理だと思ったらすぐに下がれ。逃げることは恥ではない。蛮勇こそ恥だと思え。皆もじゃ』

 メリュジーヌの忠告に全員が頷く。皆武器を構え、斉彬以外は〈副脳〉ケースを肩に掛けた。それ以外の荷物は安全地帯でもあるここに置いておく。




「みんな、準備はいいか? よし。こよりさん、お願いします」

「レムちゃん、お願い!」


 こよりのかけ声とともに、マントに“1”と書かれたゴーレムが走り出していく。

 ゴーレムは赤いマントをひらひらとたなびかせながら緑の絨毯の上を走る。途中すれ違う普通サイズのウシは草を食むのに夢中でゴーレムに全く気を取られない。


 しかし、部屋の中程まで来たところで“奴”が現れた。


 “奴”のねぐらなのだろう横穴から腹に響くような轟音とともに巨大な影が現れ、猛スピードで赤い布を揺らすゴーレムへと突進していく。

 両者の速度差は圧倒的だ。そしてパワー差も。


 ゴーレムは一瞬でウシに捕捉され、その身体を四散しもとの石に戻っていった。

 しかし、ちょうどそのタイミングで二体目のゴーレムが巨大ウシの目の前を通り過ぎてウシの興味を奪っていく。


「いくぞ!」

 慎一郎の号令で皆が一斉に部屋へとなだれ込んだ。そして打ち合わせで決めた場所へと移動し、すかさず陣形を整える。こよりは通路の入り口でゴーレムへの指示を行っている。徹と結希奈は先制攻撃のために攻撃呪文を唱えている。

 慎一郎は〈エクスカリバー〉を両手に構え、油断なくあたりを見回した。


 巨大ウシはゴーレムの功績により、かなり奥の方まで引っ張られている。今、ゴーレムの突撃により三体目が破壊されたが、すかさず四体目が突入する。こよりのオペレーションは絶妙だ。

 それ以外のウシはやはり全く動じることなく草を食み続けている。もはや草を食むだけの存在であると言っても過言ではないだろう。

 ウシが食べてしまったのだろう、所々草がなく、地面が直接見えてしまっている部分以外は一面の緑が広がっており、何の変哲もない。


 しばらくして轟音が響き渡ると同時に、部屋全体が大きく揺れた。ウシがゴーレムを追って部屋の向こう側の壁に激突したのだ。

 広間全体が揺れる。ウシが激突した付近はもちろん、広間の対角線上に近い位置にいる慎一郎達のそばの天井からも石の破片がパラパラと落ちてきた。どうやら、この部屋の天井は地面とは異なり、石でできているらしい。


「うわっ、すげーパワー」

「だが、動きが単調だ。うまく誘導して今みたいに壁にぶつけてやればダメージを与えられるぞ」

 驚く徹に斉彬が冷静に指摘した。


「……! ねえ、浅村、あれ」

 結希奈が指さした。四体目のゴーレムを仕留め、壁にぶつかったウシは方向転換すると、慎一郎達がいる方向とは全く別の方向に突進していった。

 その方角には四頭ほどのウシが固まっていたようだが、巨大ウシの突進に追い立てられるように逃げ出していった。


 そのウシは巨大ウシやその他のウシとは異なり、白と黒のまだら模様をしていた。茶色いウシとは違う種類なのだろうか……。


 そんなことを考えていると、巨大ウシが向きを変え、さらに白黒ウシを追いかけていった。巨大ウシに目的を定められた白黒ウシたちはさらに速度を上げて逃げ惑う。

 巨大ウシが白黒ウシを追いかけ始めたとき、最後のゴーレムが巨大ウシの前を横切った。ゴーレムはぴょんとジャンプをして巨大ウシの顔に一撃パンチを見舞わすと全速力で白黒ウシとは反対の方へ逃げていった。

 怒り狂った巨大ウシがゴーレムを追いかけていく。


「レムちゃんはこれで全部。もっと出す?」

 通路から顔を出したこよりが聞いてきた。

 これ以上奥に引っ張る必要はないだろう、その旨こよりに告げるとこよりは「わかった」と荷物をまとめてこちらに合流してきた。


 再びの轟音。巨大ウシが最後のゴーレムごと部屋の隅に激突したのが見えた。これで囮のゴーレムは使い切った。いよいよウシとの対決だ。


 ――しかし、すぐに慎一郎達の存在に気づくと思われたウシの興味は別の方へと向けられた。先ほど一瞬だが追いかけられた白黒のウシにである。

 巨大ウシはゆっくりと身体を反転させると身を低くして左前足で地面を掻いている。ウシの興味がこちらに来るまでもう少し様子を見るべきか……。


「おい、浅村。あれ見ろよ」

 斉彬が白黒ウシの方を指さした。


「……?」

「あそこだよ、あそこ。白黒のウシの腹の部分、何か垂れてないか?」

 それを聞いて声を上げたのは結希奈だ。

「あーっ、あれ、ミルクじゃないの? お腹のお乳から垂れてる!」


 確かに、白黒ウシの腹の部分、ピンク色の膨れた部分から白い液体がポタポタと垂れている。

 牛の乳は搾り出すもののはずだが、まああれは牛ではなくウシのモンスターだから違うのかもしれない。


 あのウシが出したミルクが井戸に溜まり、バレー部がそれを汲み出していたということだろうか。

 もとは井戸の近くにいた白黒ウシが巨大ウシに追い立てられ移動した。その結果、井戸のミルクが枯れたとしたら……。

 そこまで考えたとき、咄嗟に指示が出た。


「徹、高橋さん! 巨大ウシを白黒ウシに近づけさせちゃダメだ! 攻撃を!」

 間髪を入れず、二人の攻撃魔法が起動した。あらかじめ呪文を完成させておいた先制攻撃用の魔法だ。


「風の刃よ!」「光の矢よ!」


 女子生徒達のスカートがめくり上がりそうになるほどの風でできた刃と、部屋を照らす水晶のあかりとは比較にならないほどの光量を放つ光の矢が同時に巨大ウシに向けて飛んでいく。


 ――ヴモォォォォォォォォォォォ……!


 魔法は二発とも命中、ウシのモンスターは大きくのけぞり、命中箇所からは出血が見られる。こちらの攻撃は有効だ。


『来るぞ。気を抜くな!』

 メリュジーヌが檄を飛ばす。部員達が戦闘態勢に入ると同時に、巨大ウシがこちらへ向けてその巨大な質量を突進させてきた。

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