牛の歩みも千里5

「ちょ……! 何で! 俺が!」


 斉彬に担がれた徹が抗議の声を上げる。その身体はロープでぐるぐる巻きに固定され、身動きひとつ取れない。そんな状況であっても暴れていないのは暴れると本気で危ないことがわかっているからだろう。


『何でって、そりゃ、お主が男の中では一番軽いからじゃろ。それとも何か? お主はかような場所に女子おなごを放り投げるつもりでも?』


「……くっ。そう言われると何も反論できねぇ。斉彬さん、頼むから手荒なまねはしないでくれよ?」

「任せておけ! このオレを信じろ!」

「信じる……信じられるのか?」


 斉彬が縄で縛られた徹を担いだまま井戸の横まで来た。その脇にはこよりが召喚した土のゴーレムが三体、待機している。

 上から覗いても何もわからないのだから、ならば中に入ってみようとなるのは当然の流れだ。それで白羽の矢が立ったのは男子の中でもっとも体重の軽い徹というわけだ。言い出しっぺでもある。


 何かあったときのためにすぐ引っ張り上げられるよう、徹には過剰なほど厳重に縄がくくりつけられている。合図があったら慎一郎と斉彬、それにこよりのゴーレム達で一気に引っ張り上げる計画だ。


「護りの魔法、かけておいたわ。引っ張り上げるときに壁にぶつかっても痛くないはずだから」

「へいへい。結希奈さんの心遣いに感謝ですよー」

 結希奈に魔法をかけられて淡く光っている徹はぶっきらぼうに答えた。だが本気で憮然としているわけではないだろう。


「それじゃ、行くぞ。栗山、いいな?」

「お、お手柔らかに……」

 と、徹に言われたのもかかわらず、斉彬は勢いよく徹を井戸の中に投げ込んだ。


「そりゃぁぁぁ……!」

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 悲鳴を上げる徹の声が少しずつ小さくなっていく。それでも壁にぶつかった音はしていないから、結希奈の魔法が効果を発揮しているのだろう。


「どうだ、徹? 大丈夫か?」

 慎一郎が井戸をのぞき込んで声をかけた。しばらくして返事が返ってきた。


「くそう……斉彬さんめ。あとで覚えてろよ!」

 悪態をつけるということは大丈夫だろうと判断して、慎一郎は徹に指示を送る。


「まだ底には着いてないな? もっと下ろすぞ」

「待ってくれ。明かりを付ける。……〈光よ〉! よし。オッケー。ゆっくり下ろしてくれ」

 斉彬に伝え、さらに徹を下ろしてもらう。さすがに今度は斉彬も悪ふざけはしない。


 しばらくすると徹の声が聞こえてきた。

「下が明るくなってきた」

「明るく……? どういうことだ?」

「わからん。だが、井戸の底が見えるな」

「どうなってる?」

「何もない。ただ井戸の底の土が見えるだけだ。……いや、ちょっと待ってくれ。井戸の底に横穴があるな。もうちょっと下ろしてくれ」


 さらに下ろしていくと、やがてロープ越しに感じられた徹の体重がふっとなくなった。ロープも緩んでいる。


「徹? どうした?」

「底までついた。横穴の方を覗いてみる。どうやら、光はこっちの方から来てるみたいだ」


 そのまま徹からの報告が途絶える。ロープが揺れているから、どうやら横道をのぞき込んでいるようだ。


 すると――


「……!! 上げろ! 上げてくれ!!」

 徹の叫び声が聞こえた。その必死な声から緊急事態だと感じ取り、慎一郎はすぐ横でロープを持っている斉彬にすぐさま伝えた。

「斉彬さん、上げて!」

「おう!」


 斉彬が手に持ったロープをたぐり寄せる。普段から太い腕がさらに一回りも大きくなり、こよりのゴーレムとともに徹を引っぱり上げる。

 しかし、引き上げられる徹にとっては物足りない速度だったのだろう、穴の中から切羽詰まったような怒鳴り声が聞こえてくる。


「何やってるんだ! 早く早く上げてくれ……!!」

 その声にただ事でないと気がつき、慎一郎も斉彬を手伝って縄を引っ張る。

 力任せに思いっきり徹が繋がれている縄を引っ張ると、ふっ、と突然縄にかかっている力が抜けた。慎一郎も斉彬もゴーレム達も勢い余ってひっくり返り、尻餅をついてしまった。


 しばらくして、ずぅぅんという響くような音と、あたりの地面が数度揺れたのを感じた。


「いててて……」

 何が起こったのか一瞬把握できないでいたが、もしかして縄が切れてしまったのではないかと思い、すぐに起き上がって井戸の方へと駆け出す。


「徹!」

 慎一郎が井戸をのぞき込むとそこから人影が浮かび上がってきた。入れられたときと同じく身体を厳重に縄で縛られた徹だ。どうやら、怪我はないようだ。縄も切れていない。


「徹、無事か?」

「ああ、何とかな……」


 この暑さからではないだろう、徹は汗でびっしょりになって井戸から出てきた。制服についた砂埃をぱたぱたと払いながら突然縄が緩んだわけを説明してくれた。


「お前らが引っ張るのが遅すぎるから、〈浮遊レビテーション〉の魔法を使って自力で出てきた」

 突然引っ張る力が抜けたのはそういうわけだったかと安堵する。


「大丈夫、栗山?」

 結希奈とこより、それにバレー部員の二人が駆け寄ってきた。徹は「大丈夫」と笑顔で腕をぶんぶん回して健在ぶりをアピール。


「何があったの? ずいぶん慌ててたみたいだけど」

「ああ、それだ。みんな、ちょっと集まってくれ」

 徹に言われて皆が集まってくる。


『何を見た?』

 単刀直入に訊いたのはメリュジーヌだ。その言葉に徹は無言で頷く。


「あいつだ。あのデカいウシがいた」

 〈竜王部〉に持ち込まれた“アイス騒動”は、ただ北高の人気メニューの問題というわけではなくなってきた。

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