竜海神社のご神体5
〈竜海神社〉は校舎から見て北東の方角にある。本来、校舎と神社の間にある〈竜海の森〉は校則で立ち入り禁止とされており、学校から神社に行くには一度校外に出て学校の外周を大きく回った先にある神社の入り口から入らなければならない。
しかし、今生徒達は学校の外に出ることができない。したがって、学校から神社に行くには最短距離である竜海の森を突っ切って行くことになる。
現在竜海神社には主に文化系の部活の女子生徒を中心に、二十数人の生徒達が寝泊まりしており、毎日学校と往復している。〈竜王部〉ではこよりと、家主である結希奈ももちろんここで寝泊まりしている。
最初は比較的木々の間隔が広がっている場所だっただけの道のりだったが、生徒達が毎日踏み固めていくうちに一ヶ月半経過した今ははっきりした道ができていた。
そんな北高と竜海神社とを繋ぐ連絡通路を慎一郎とメリュジーヌ、結希奈の三人は並んで歩いている。メリュジーヌの姿は余人には見えないから、先ほどすれ違った女子生徒には二人で歩いているように見えたはずだ。
「ごめん。わたし斉彬くんの様子見てくるから、あとお願いね」
図書室での相談の結果、竜海神社に行くことになった。いざ行こうとしたその直後、こよりはそう言って保健室へと走って行ってしまった。
「確かに斉彬先輩のことも心配だし、こよりちゃんは先輩に約束してたってのもあるけど、言い出しっぺがいないってのはどうなのよ……」
ため息をつく結希奈は少々あきれ顔だ。
「まあ、最低限高橋さんとメリュジーヌがいれば大丈夫だからなあ」
慎一郎が結希奈をなだめる。
竜海神社のご神体は“鬼”を封印した武者と共に戦った竜の身体の一部であるという。神社のご神体を見に行くのにその家の娘である結希奈が同行しているのは当然だし、万一“犬神様”のように乱心して戦いになった場合に竜王であるメリュジーヌの存在は必要であると言えた。
そのメリュジーヌは着いたら起こせと言って眠ってしまった。歩きながら寝られるのは世界広しといえどメリュジーヌだけだろう。
雨はしとしとと降り続いており、森の中、二人の傘がゆらゆらと揺れている。生徒達が置きっぱなしにしている傘が多いので、外との行き来が遮断されても傘には困らない。
「結構遠いんだな」
慎一郎がぼそりとつぶやいた。足下が雨で緩くなっているのでゆっくり歩いているということもあるが、すでに森の中を五分ほど歩いているがまだ神社の影は見えてこない。地下迷宮の広さもそうだが、改めてこの森の広さを思い知らされる。
「まあ、学校と神社って結構離れてるからね。神社の参拝客が学校に迷い込まないように離したんだって」
「へぇ」
北高の創立は今から百年以上前になる。当時は今よりも神社の参拝客は多かったろうから、そういった配慮がなされたのかもしれない。
そのまま並んで森の中を歩いて行く。木と木の間にはロープが張ってあり、道を間違える心配はないのだが、明かりのたぐいは全くない。雨が降っていることもあり、辺りは薄暗い。
「ここ、今はまだ昼だからいいけど、夜になったら真っ暗になるんじゃないの? 危なくない?」
他の女子生徒達はどうか知らないが、毎日の迷宮探索が終わるのは日が暮れる頃だ。今まで全く気にしてもいなかったが、結希奈とこよりは真っ暗なこの道を歩いて神社まで帰っていたことになる。
「うーん。まあ、そうなんだけど……」
「ごめん。全然気がつかなかった。これからはもっと早く、明るいうちに帰れるように迷宮探索を切り上げて……」
神妙な顔つきの慎一郎に結希奈は手を振って否定する。
「あー、でも大丈夫よ。あたしもこよりちゃんも〈光球〉の魔法は使えるし、この道ぞいには魔物よけの結界も張ってあるから。不審人物も入って来ようがないしね」
それでもやはり暗い夜道を女の子だけで歩かせるのは気が引けるので、「でもこれからは気をつけるよ」と言うと、「ありがと」と笑ってくれた。
「それよりもあんたよ」
「おれ……?」
「あんた、魔法が使えないんだから、あんたこそ日が暮れる前に学校に戻りなさいよ」
「確かにそうだ」
ははは、と笑ったあと、会話が途切れた。しばらく無言のまま森の中を歩いて行く。二人の足音と雨が傘を叩く音以外は何も聞こえない。
(気まずい……)
途端に先ほどの図書室でのやりとりが思い起こされた。あれはどういうつもりだったのだろう? からかっていたのだろうか? しかし、慎一郎と結希奈の短い付き合いの中でも結希奈はそういうからかい方をする女子ではないように思えた。
ちらと隣を歩いている結希奈の方を見る。慎一郎の肩くらいの位置に結希奈の頭がある身長差なので見下ろす形になる。傘から制服のブラウスにぽたぽたと落ちる雨の雫が落ち、下着の肩紐とピンク色の肌が透けて見えたので、慌てて目をそらした。
「……? どうしたの?」
視線を感じたのか、結希奈がこちらを見上げてくる。見上げてくるその澄んだ瞳によこしまな気持ちを抱いた自分が恥ずかしくなる。と、その時――
「きゃっ……」
道端の小石を踏んづけたのか、結希奈が躓いた。とっさに慎一郎が傘を投げ出し結希奈を支えた。
「あ、ありがと」
結希奈も転びそうになったときに傘を手放してしまったようだ。二人の傘は森の中仲良く並んでおり、傘の庇護がなくなった二人を梅雨の雨が遠慮なく濡らしていく。
「大丈夫……?」
「う、うん……」
慎一郎が結希奈の肩を抱くような形で二人寄り添い、お互いをじっと見つめる。結希奈の瞳が潤んでいるように見えた。
雨が当たって身体は冷えてきているのに、結希奈の身体に触れている部分だけが熱を浴びていてとても熱い。心臓の音がうるさいくらいに響いている。
「あ、あの……」
結希奈が口を開くと、その部分に目が引き寄せられる。その唇はしっとりと濡れていて、目が離せない。
「うん……」
そんな気のない返事しかできなかった。
「も、もう大丈夫。だから……その……。離して、くれないかな……?」
「……………………!!!!」
その瞬間、モンスターと戦っているとき以上の素早さで結希奈から離れる。そして、落ちていた傘を拾って結希奈に渡しながら、
「ご、ごめん……」
ぼそりと謝った。
「ううん。気にしてないから……」
そう言って傘を差し、先に歩き出していった。しかし、数歩歩いたところで立ち止まり、振り向いた。
「神社までもう少しだから。いこ」
それはいつもの結希奈の明るい笑顔だったが、慎一郎にはどういうわけかとても新鮮なもののように見えた。
(まったく、人間というのはどこまで不器用なのじゃ。じゃが、それが愛おしい……)
人間をこよなく愛する竜人の王は、そのまま寝たふりを続けるのであった。
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