竜海神社のご神体4
特別教室棟一階西の奥は図書室だ。一般的な教室に比べて相当広いはずの図書室だが、図書室の例に漏れずたくさんの書棚が置かれていて、その広さを感じることは全くない。
図書室の扉を開けるとこの部屋特有の本の匂いが立ちこめてきた。入り口近くの受付スペースには図書委員とおぼしき生徒が座っていたが、図書室に入ってきた慎一郎達を気にすることなく読書に耽っている。その他に生徒の姿は見当たらない。
(図書委員もこの封印騒ぎに巻き込まれてたのか……)
そんなことを考えながら慎一郎は少し奥まった部分にある読書スペースへと向かっていった。
十人くらいが座って本を読めそうな少し広めの机。封印前は生徒達が放課後にここに集まって勉強を教え合っていたのであろうそこに結希奈と向かい合って腰掛けた。彼らをここに連れて来たこよりは部室に何かを取りに行っている。
「あたし、図書室に来るのなんて初めて」
この静寂と図書室という場所柄がそうさせるのか、結希奈は聞こえるか聞こえないくらいの声の大きさだ。
「おれも。というか、図書室がこんな所にあるのさえ知らなかったよ」
「そうなの……? あたし、浅村って結構読書するタイプなのかと思ってた」
「おれは高橋さんのほうが読書するのかと思ってたよ。ほら、家が神社だし」
「それどういう理由よ」
ははは、と小声で笑う。
『シンイチロウが読むのは漫画か、その他にはエッチな……』
「バ……! お前、何言ってんだよ! おれはそんな……!」
メリュジーヌの思わぬ暴露に慎一郎が大声で否定する。
「図書室ではお静かに!」
受付の生徒に怒られてしまった。
「いや、本当に違うんだからね。こいつを召喚してからは一度も……」
今度は怒られないように小声で結希奈に言い訳する。――信じてもらえるかどうかはかなり怪しいが。
徹のようにからかわれる……。いや、からかわれるならまだしも、これがきっかけで〈竜王部〉をやめるなんて言われたら……。そこまでではなかったとしても今後の活動に支障が出ても……。
慎一郎は頭の中でどうしようかとぐるぐる考えていたが、結希奈からの言葉は意外なものであった。
「やっぱり、男の子ってそうなんだ……」
「え?」
思わず間抜けな声が出てしまった。
「え、や、その……お、女の子の身体とか、興味あるのかなって……」
「そ、そりゃあ……」
自分でも何を言っているのかわからない。妙な方向に話が流れて行っているが、こういう時に限ってメリュジーヌは素知らぬ顔で助け船を出してこない。
「あ、あたしのことも? そ、そういう目で……?」
「えぇ!?」
慌てて口を塞ぐ。図書委員がじろりとこちらを睨むが、すぐに手元の本に注意が戻ったようだ。
「ど、どうなの浅村……?」
ど、どうしよう……。結希奈はじっとこちらを見ている。適当なことを言って言い逃れできる雰囲気ではない。
「た、高橋さんはかわいいし……。む、胸も大きいから……」
「……!!」
結希奈はばっと胸を隠し、目を見開き驚いたような顔でこちらを見る。豊かな双丘は彼女本人が手で押しつぶすことによってより強調されており、視線が下がってしまうことが避けられない。
「…………」
「…………」
沈黙が続く。気まずい空気だが、頭がオーバーヒートしてしまって自分が何を言ったのか、これから何を言うべきなのかさっぱりわからない。
「おまたせー。どうしたの……?」
そこにやってきたこよりの顔を見るふたりの表情はどんなだったろうか。
「相談したいっていうのはね……」
こよりは部室から持ってきたノートを開いた。そこには見慣れない魔法陣が描かれている。
こよりが呪文を唱え始めると魔法陣は黄金色の光をたたえ始め、ノートの上に何かの図形が描かれていく。
ぼんやりとしていたその図形はやがて輪郭をはっきりとさせて図形を形作っていった。
こよりが呪文を唱え終わったとき、ノートの上には金色に光り輝く奇妙な図形が映し出されていた。
細い線が縦横無尽に駆け巡っており、所々にある大きな面に繋がっている。最上部の一角は特に大きな面があるのが特徴だ。
これは、今までに判明している地下迷宮の地図だ。最初はノートに書いていたが、予想よりもはるかに複雑で、上下に入り組んでいるために魔法でマッピングするようにこよりが作り上げたものだ。
「まずはこれを見て」
ぱん、とこよりが手を叩くと地下迷宮の立体地図はまるで紙風船のように上下にぺしゃんこに潰れ、紙に書いた地図のようになった。
「ここが、わたしたちが最初に見つけた入り口。その真下にネズミがいっぱいいた場所」
こよりが地図の一点を指さすと、その部分が明るく光る。
「ここが、イノシシを最初に見た長い下り坂」
「温泉が湧いていた近くだったわね」
最初に光ったところから少し離れた部分が光る。
「そしてここが、〈犬神様〉のほこらがあった場所」
「剣術部の部室の近くだな」
三つめの光点、かなり広い広間の縁が光る。
「それで、ここに……」
こよりが鞄から取り出した紙を広げる。それは、北高の地図だった。こよりは北高の地図を自分がマッピングした魔法の地図に重ねるように置く。
三つの光点は北高の南に走っている市道沿いに存在している。
『……? これが、どうしたのかや?』
メリュジーヌが頭をひねっている。
「うん。多分ジーヌちゃんだと気づかないと思う。けど、浅村くんと結希奈ちゃんはこうすれば気づくんじゃないかな」
こよりはさらに鞄から何枚かの手のひらサイズの紙片を取り出した。その紙片には漢字が一文字、書かれていた。それをマップの光っている部分に乗せていく。
最初に見つけた入り口の所には“子”。
長い下り坂の所には“亥”。
〈犬神様〉のほこらには“戌”。
『……? なんじゃこれは?』
「これって……」
メリュジーヌはわからなかったが、慎一郎と結希奈はこよりが何をしたいのか徐々にわかってきた。
こよりはそのまま残りの紙片をマップ上に置いていく。“丑”“寅”“卯”……。
十二枚の紙片が地図上に置かれた。最初に入り口を見つけた場所から反時計回りに等間隔に十二の動物の名前が書かれた紙片が。
「十二支……」
慎一郎がつぶやいた。そう、今まで遭遇してきた巨大なモンスターはすべてこの十二支の順番に則っている。六時の位置に相当する“子”から
『十二支……。ふむ。東洋に伝わる暦や方角などに使われる慣習じゃな』
メリュジーヌが言った。彼女の知識にも十二支があったのだろう。
「つまり、この十二匹のモンスターを倒せばここから出られる……ってことですか?」
慎一郎がこよりに聞いた。しかし、こよりはゆっくりと首を振る。
「それはわからないわ。あくまで、今までの経験からこういう方向性が導き出されるっていうだけ」
「けど、ネズミにしろイノシシにしろイヌにしろ、良くないものだったっていうのは間違いないわ。こう、肌にぞわっと来るものがあるから」
結希奈はこの地で暴れた鬼を封印した武者の子孫だ。そういうものを感じる力があってもおかしくはないだろう。
『あのコボルトが言っておった。犬神とやらが突然狂って暴れ出したと』
そして、その時期は北高が封印された時期と重なる。これが偶然であるならばあまりに出来すぎている。
「そうすると、気になるには……」
慎一郎が“ある地点”を指さした。結希奈もこよりも“その地点”のやはり偶然とは思えない一致に気づいていたようで、黙って頷く。
「竜海神社――」
十二支の“辰”の位置にあるのはそのものずばり、竜海神社の本殿であった――
『“竜”と“辰”。なるほどな……』
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