犬馬の養い
犬馬の養い1
聖歴2026年6月16日(火)
コボルト村はここ数週間で一番の賑わいをみせていた。もちろん、ここ数週間の間、村を悩ませていた巨大イノシシを成敗したためである。
すっかり日が暮れたコボルト村の空を中央広場で炊いたたき火の炎が明るく照らす。
村はコボルト達の笛やら太鼓やらの音色が響き、それに併せてたき火の近くで踊るコボルト達の笑い声で包まれている。
――しかし、〈竜王部〉部員の中にその雰囲気に浸っている者は誰もいなかった。何故なら……。
「うまっ、うまっ……!」
「わたし、お肉がこんなに美味しいと思ったの初めて……!」
「ああ、焼いただけのお肉がこんなに美味しいなんて……」
『ほれ、シンイチロウ! とっとと肉を食わんか!』
「わかってるって……! 少しはおれのペースでだな……」
「肉! 肉!」
「ちょ、栗山! あたしのお肉取らないでよ!」
「早い者勝ちだもんねー」
男子も女子も関係なく焼いただけの肉を貪っている。味付けは塩のみと至ってシンプルだが、滴り落ちる肉汁と肉の焼ける匂い、たき火に照らされ淡くオレンジに染まった肉。そして何より彼ら自身の空腹と肉に対する欠乏が最高の調味料となっている。
これは豚肉――ではなく、イノシシの肉だ。あの巨大イノシシが倒されるや否や、ぞろぞろとコボルト達が集まってきて、巨大なイノシシをあっという間に解体してしまったのだ。
聞けば、普段から小さいサイズのイノシシを捕らえて捌いているそうだ。
「これほど大きいのは初めてっすけど、やりがいがあるってみんな言ってるっすよ」
と、ゴンが我がことのように自慢げに話していた。
封印後の竜王部員達の肉不足は深刻であった。当初こそ家庭科部やその他の部が備蓄していた肉を計画的に分けてもらっていたが、それも数週間前に底をついていた。
食料自体は三日で育つ作物のおかげで有り余るほどだったが、肉はどうにもならなかったのだ。
封印後、〈竜海の森〉に動物が生息していることは確認されていたが、当然のことながら、生徒の誰も動物の捌き方など知らないために、どうにもならない状況が続いていた。
「ん……?」
「どうかしました、斉彬先輩?」
斉彬は慎一郎の問いには答えず、自分がかじっていた肉の塊に指を突っ込んで何やらほじくり出している。小骨でも刺さっていたんだろうかと思い、肉を見ている。と――
「なんだこれ……?」
そう言って肉から取り出したのは白い球体。色はどことなく真珠に似ているが、大きさは拳よりも少し小さい程度で真珠よりもかなり大きい。斉彬が指でつつくと表面が沈み込み、また元に戻る。どうやら柔らかいようだ。
「何でしょうね……?」
『わしも見たことがないの』
メリュジーヌもその球体をのぞき込んだが、首をかしげている。
『肉の中から出てきたということは、あのイノシシの中にあったということか? しかし、生物の身体の中にあるにしては……いや……うーむ……』
そのままメリュジーヌは考え込んでしまった。
「ん? どした?」
焚き火の近くで肉にかぶりついていた徹がやってきた。鉄の串に刺した肉から肉汁が滴り落ちてなんとも言えぬいい香りが漂ってくる。
「いや、それがな……」
斉彬が徹に説明すると、徹は何か思い出したように荷物が置いてある小屋の方へと走っていった。
「それなんだけどさ……」
小屋から戻ってきた徹の手の中には、今斉彬が持っているものとほとんど同じ大きさ、形をしている色の球が乗っていた。
『おお……全く同じじゃな!』
メリュジーヌが言うように、二つ並べてみるとどっちがどっちだかわからないほどだ。
「これ、どこで手に入れたんだ?」
「あのデカいネズミの中から出てきたんだよ。覚えてないか? って、そうか。慎一郎はあのとき気を失っていたんだったな」
そうだった。あの巨大ネズミを倒したとき、ほとんど相打ちに近い形で慎一郎は気を失っていたのだ。
『ますます奇妙じゃな。大きいだけで一見何の関連性もない二体のモンスターから同じようなものが出てきたか……ううむ』
メリュジーヌが腕を組み、再び唸る。
「じゃあさ、これ、お前に預けておくよ。ジーヌがいつでも見られるようにお前が持っていた方がいいだろ?」
「それじゃ、こっちのイノシシの方もお前に渡しておく」
徹と斉彬はそれぞれ自分の持っていた球を慎一郎に渡した。手のひらに置かれたそれは見た目よりも意外に重く、またほんのり熱を放っているようにも感じられた。もっとも、それは今まで焼かれていた肉の中に入っていたからかもしれないが。
「よーし、栗山よ。この肉の塊、どっちが先に食い終わるか勝負だ」
「そりゃないっすよ、斉彬さん……! 文化系の俺が体育会系の斉彬さんに適うわけないじゃないっすか……!」
『何、早食い勝負とな……! これはわしも負けていられん。シンイチロウよ、わしの肉を取ってまいれ!』
「だから、食うのはおれなんだってば……」
結局、早食い競争は斉彬の圧勝だった。慎一郎などはメリュジーヌから散々『情けない』と言われたが、体つきが違いすぎる。
そんな感じで斉彬も徹も女子達も肉を食べ続けていたが、慎一郎はそこを離れ、焚き火から少し距離を置いた場所に座るゴンの所までやってきて、隣に腰掛けた。
「すまないな、こんなにご馳走になって」
焚き火の前で慎一郎はゴンに礼を言った。頭の中ではメリュジーヌが『そんなことはどうでもいいから手を動かして肉を食え』と言っていたが、無視した。これだけは言っておきたかったからだ。それに、少しくらい話をしていてもなくなるほどの肉ではない。
「とんでもないっす! お礼を言うのはこちらっすよ、浅村殿」
そう言ってゴンは頭を下げる。
「それに、おいら達も浅村殿や皆々様に喜んでもらえてうれしいっす。こんなもので良ければいつでも食べに来て下さいっす。何なら、今からもうひと狩りしてくるっすか?」
「いやいや、そこまでしてもらう必要は……」
慎一郎は慌てて手を振る。
「けど……」
言って、ゴンはイノシシが焼かれているグリルの方を見る。
「肉、もうないっすよ」
そこには、骨しか残っていない“元”巨大イノシシの姿があった。
『なんじゃと――――――――――――――――!!』
メリュジーヌの悲鳴が〈竜海の森〉の夜空に響き渡るが、それを聞いた者はコボルトの中には誰もいない。
「よっしゃあ! 一番、栗山徹! 歌います!」
肉を食べ終わって落ち着いたのか、徹が焚き火の前まで来て突然歌い始めた。聞き覚えのあるそのメロディは最近流行のアイドルの歌だったと思う。腰をくねらせる変な踊りがコボルト達に大ウケだ。あっという間に徹の周囲にコボルトが集まり、皆で踊っている。
『うはははははは! 何じゃそれは! トオルよ、お主、酒も飲んでおらんのに酔っておるのか? うははははははは!』
さっきまで激怒していたメリュジーヌが大爆笑している。もしかすると竜王の笑いのレベルはコボルト並みなのかもしれない。
「よーし! 次はオレだ!」
「きゃーっ!!」
「斉彬さん、なんで脱いでるんですか!」
そうして賑やかな祝いの日の夜も更けていく。
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