山より大きな猪は出ぬ5
目の前を走っていたイノシシが一瞬で消えたかと思うと、これまでとは違う轟音が中央広場に響き渡った。
――ブォォォォォォォォォォォ!!
土煙がもうもうと舞い上がる中、イノシシの絶叫と激しく暴れる音。
しかしそれもやがては収まっていく。
「やったか!?」
斉彬が土煙の収まった落とし穴に近づいていく。猪は頭から穴に突っ込んでおり、後ろ足と尻は穴の上部からはみ出している。
「どれどれ……」
斉彬が穴の中をのぞき込んだ。と、その時――
――ブモモモモモモモモモ……!!
「うわっ……!」
それまでおとなしかったイノシシが突然暴れ出した。斉彬が悲鳴を上げた。
『まだ生きておるのか!』
穴の底にはイノシシの表皮を貫くコボルト製の槍が設置されている。イノシシには少なくとも数本の槍が自重によって突き刺さっているはずだ。
『なんとしぶとい!』
なおも暴れるイノシシ。あたりの地面が揺れる。
「うわっ……!」
斉彬が足を滑らせ、穴の中に落ちてしまった。
「斉彬さん!」
慎一郎は無意識のうちに走り出していた。走りながら斉彬の状況を確認する。
斉彬は穴の中のイノシシの背に乗っていた。イノシシが暴れているのでその背に必死に掴まっている。
二本の剣を抜き、そのまま穴へ飛び込む。
『首筋じゃ。どんな生物でも首筋を斬られればただでは済まん』
メリュジーヌの言葉に無言で頷く。両手に持った剣を逆手に構えた。
斉彬が掴まっている部分よりも前、イノシシの首筋の部分を狙い、二本の剣を体重をかけ、力の限り振り下ろす!
肉を裁つ鈍い音が伝わってくる中、二本の〈エクスカリバー〉をイノシシの首筋にねじ込んでいく。
――ブモォォォォォォォォォォォォ……ッ!
「ぬわっ……!」
イノシシが痛みにさらに暴れる。斉彬の悲鳴が聞こえたが、それに構っていられる余裕はない。慎一郎は〈エクスカリバー〉に掴まりながら、何とか振り落とされないようにするだけで精一杯だ。
「重力よ!」
後方からのその叫び声と共に身体全体が重くなった。慎一郎の身体だけではない。イノシシの首筋に突き刺さっている〈エクスカリバー〉はもちろん、イノシシの身体にもその魔法の効果は及んでいる。徹の〈重力〉の魔法だ。
暴れるイノシシの動きが鈍くなる。
『堪えよ! もう少しじゃ!』
メリュジーヌの言葉を信じ、〈重力〉の魔法の効果で増した自重と剣自身の重みによって〈エクスカリバー〉をさらにねじ込んでいく。剣の先に固い腱のような感触を覚え、それをねじ切るように剣を回転させた。
――ブモォォォォ……。
イノシシはひときわ大きくびくん、と跳ねると身体全体から力が抜けていった。そして、そのまま二度と動かなくなった。
魔法の効果が切れ、一気に軽くなった二本の〈エクスカリバー〉を引き抜き、イノシシの身体の上で剣を掲げると広場にいた全員――人間も竜王もコボルトも――が「うぉぉぉぉぉぉ!」と歓声を上げた。
勝利である。
気がつけば日の入りを数分後に控えていた。
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