山より大きな猪は出ぬ4

 ――ウォォォォォォォォン!!


「な、何だ……!?」

 慎一郎達が警戒する中、その雄叫びは次々と伝播していき、ついにはコボルト村の周囲すべての方向から聞こえてくるようになった。


「浅村殿――――!」

 ゴンが短い足をドタドタと動かしながらこちらへと走ってくる。


「浅村殿、“奴”が来るっす」

「……! ど、どっちから?」

「あっちっす」

 言うと、ゴンはある一方を指さす。そこは最初に雄叫びが聞こえてきた方角だ。なるほど、あのコボルト達の雄叫びががイノシシ発見の報だったわけだ。


「来たわね。待ちくたびれたわよ」

「よし、やってやるぜ」

 結希奈と徹を筆頭に、部員達も中央広場に集結してイノシシ討伐戦が開始された。




 イノシシは基本直進するが、それでも確実に広場中央に設置してある落とし穴に落ちるとは限らない。しかし、イノシシの進む方向はある程度コントロールできることもわかっている。


 昨日、ゴンと初めて会ったときのようにダメージを与えてイノシシを怒らせればいいのだ。怒ったイノシシは正確に怒らせた者の方へとやってくる。イノシシと怒らせた者の間に落とし穴があればいい。


「来たみたいだ」

 徹が言うとほぼ時を同じくしてあの聞き慣れた大地を揺らす音が響いてきた。徹、結希奈、こよりの魔法使いキャスター陣がそれぞれ呪文の詠唱に入る。斉彬は部室から持参した大きめのバッグを開けて野球のバットとボールを取り出した。


「久しぶりだ。ワクワクしてきたぜ」

 斉彬が不敵な笑みを浮かべる。




 やがて、村と地下迷宮を繋ぐ入り口から数人のコボルト戦士達が走って出てきた。よほど慌てているのか、手に持っていたはずの武器はすでに放り出してあり、四つ足で走ってくる。


 直後、イノシシの巨体がトンネルの陰から現れた。コボルト達はそのまま道の脇にある田畑に飛び込んだ。イノシシはコボルトにはお構いなしとばかりに道なりに直進してくる。


『皆の者、準備はいいか?』

 メリュジーヌの問いかけに部員達は頷き肯定の意を告げる。


 イノシシが進む道の上には何本かの線が引いてある。その最初の線は作戦の最終決行の可否を判断をする線だ。何かトラブルがあった場合、この線と次の線の間に作戦の中止を決断する。


 イノシシが最初の線を越えた。斉彬が慎一郎に問う。

「作戦は?」

「問題ない。決行だ」


 そんな慎一郎の最終判断など全く知らぬイノシシはさらに突き進み、三本目の線にさしかかる。ここは魔法使いキャスター陣の攻撃魔法の射程範囲だ。ここで一斉に攻撃を加えてイノシシの怒りを取る。


 当たり前だがイノシシは何の躊躇もなくその線を踏み越えた。

『今じゃ……!』

「全員、攻撃開始!」


 直後、徹の〈火球〉の魔法、結希奈の〈電撃〉の魔法、こよりの〈石礫〉の魔法が完成し、一斉にイノシシに向かって放たれる。それに加え――


「どっせぇぇい……!」

 カキーンという心地良い音とともに斉彬のバットが回り、野球のボールが勢いよくイノシシに向かって飛んでいく。


 結果はすべて命中。


 ――ブヒィィィィィィィィッ……!

 イノシシが吠えた。と同時にイノシシの速度が上がった。


「よしっ、怒りを取ったぞ!」

 徹が喝采をあげると同時に無詠唱で魔法を次々と放つ。


 三人の魔法と斉彬のノックのボールは次々とイノシシに当たる。ダメージを与えているかどうかはわからないが、イノシシは他の何も見えないといった様相でこちらに突進してくるのは間違いない。今のところ計画は順調といえよう。


 さらにイノシシが突き進み、道路に置いてあった網――以前キノコ採取に使ったときのものだ――の上を通過、さらに仕掛けてあったロープが絡まりイノシシの速度が落ちる。


「これでも食らうっす!」


 ゴンが十分引きつけてから先端を輪にしたロープを投げる。それはやはりキノコ採取の時と同じく追尾の魔法がかけてあるので容易にイノシシの牙に絡まった。それをコボルトの戦士数人がかりで引っ張ると、さらにイノシシの速度が落ちる。


 加えてこよりの召喚したゴーレム五体がラグビーよろしくスクラムを組んでイノシシにタックルを仕掛ける。


 コボルト達は引きずられているし、ゴーレムは突進の勢いに負けて粉々に砕け散ったが、イノシシの速度を確実に殺すことはできている。

 これで万一にも速度超過で落とし穴を飛び越えてしまうということもなさそうだ。


 あとは怒りを取っている〈竜王部〉部員達がぎりぎりまで引きつけるだけ。勝敗はそこにかかっていると言っても過言ではない。

 イノシシが迫る。巨大な肉体が怒りを伴って猛然と突進してくるのに恐怖を覚えないはずがない。今にも逃げ出したい気持ちをぐっと堪えて少年少女達はその場に留まる。


 慎一郎が二本の剣を抜き、部員達の前にまろび出た。最後の最後で何かが起こったときの最終セーフティとしてそこに立つ。

 正直言って目の前の巨大なイノシシの前には何お役にも立たないかもしれない。しかしそれで部員達が少しでも励まされればと慎一郎は思う。


『いよいよじゃ……!』

 メリュジーヌが言うとおり、土煙を上げイノシシは石灰で丸く書かれている落とし穴に向けて一直線に走ってくる。彼の目にその丸は映っていない。あくまで自分に攻撃をしてくる邪魔な人間達だけが見えている。


 そして――

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