閉ざされた学園4

「貴様ら、いつまで遊んでいるか!!!」


 体育館に集まった生徒達の話し声すべてを吹き飛ばすほどの音量に、思い思いに話をしていた生徒達は全員、舞台上のその声の主を見る。


 全身黒ずくめのだ。裾の長い詰め襟の上着に漆黒の帽子、詰め襟の中も黒一色でまとめられている。黒の中に白い靴と白い手袋が目立つ。細い腕には黄色い腕章。


 まるで昔の軍服のようだ、と慎一郎は思った。


 突然現れた黒ずくめの軍人のようなその人物に体育館じゅうの生徒達の注目が集まる。しかし軍服の人物は多くの注目が集まる中でも全く動じることがない。生徒達の注目をその小さな身体に一身に集める。


 体育館は完全に静まりかえっていた。ただの一言で混沌が支配していた体育館に秩序を取り戻した。


「誰だ……?」

「見たことがある……ええと……」

 徹が額に手を当てて考える。

「もしかして、あの子は……」


 その時、舞台上の人物の口が再び開いた。否応なくすべての視線がそこに集まり、すべての会話が中断される。


「これより、本校の現時点での暫定的最高指導者によるお言葉がある。全員、傾注せよ!」

 直立不動のまま、拡声の魔法も使わずにとんでもない大きさの声で告げた。


 そして、軍服の人物は舞台袖の方に目をやり、こくりと頷いた。それに導かれるようにやってきた白衣の人物、保険医の辻綾子つじあやこだ。


 綾子はそのまま舞台の中央まで歩くとマイクの前で立ち止まった。軍服の人物は綾子の斜め後ろに控えている。


「全員、敬礼!!!」

 号令をかける軍服の人物に対して、綾子は手をひらひらと振り、心底嫌そうな顔で言った。


「ああ、そういうのいいから。風紀委員長は下がってて」

「しかし……!」

 綾子の言葉に軍服の人物は一瞬不服を訴えたが、すぐに思い直して舞台袖に下がる。


「ああ、やっぱり。あの子……風紀委員長の岡田遙佳おかだはるかちゃんだ」

『なんじゃと!?』


 岡田遙佳――風紀委員長。慎一郎とは何度か下校時間の関係で顔を合わせたことがある上級生だ。風紀委員らしからぬ人物で、気が弱く、オドオドしており、言いたいこともなかなか言えない、そんな印象があった。舞台上にいた軍服の人物とは正反対のタイプの人物と言ってもいい。


 しかし、舞台袖に歩いて行くその人物は小柄な体躯に栗色の癖のある髪、身体に似合わぬ大きな胸、そして何より腕に巻き付けられている黄色い腕章がその人物が岡田遙佳であるということを雄弁に物語っていた。


 風紀委員長のあまりの変わりように唖然としていると、舞台上の綾子が話し始めた。


「あー。一応、暫定責任者ということになっている。どうやら、校内に教員は私しかいないかららしいが……」

 そこまで言ったところで綾子は一旦言葉を切り、舞台の反対側の袖の方を見た。そちらにも誰かいるのだろうか。


「この学校は生徒の自主性を重んじ、また、私自身は非常勤の教員であることから――」

 そこで一旦言葉を区切り、全体を見渡す。


「今後の対応を生徒会に一任する」


 生徒達がざわめく。確かに生徒会は生徒を代表する組織だが、今起こっている問題に対して前面に立ち解決できる組織なのかというと、少々心許ない。もっとも、壇上の養護教諭であれば全幅の信頼を置けるのかと言われるとそうではないのだが。


「あー、静かに、静かに」

 一瞬ざわめいた生徒達だったが、綾子の一言で落ち着きを取り戻す。先ほどの軍服の女子生徒――風紀委員長の一喝が効いているのかもしれない。


「それでは、生徒会長にマイクを渡す。あとは任せた。私は……飲んで寝る」


 と言って、舞台から下りて、体育館からも出て行ってしまった。おそらく、本当に飲んで寝るのだろう。




「生徒会長の菊池一きくちはじめです」


 制服をきっちり着込んだ眼鏡で長身の男子生徒が壇上に上がった。風紀委員長と辻教諭の件があったためか、生徒達は私語をすることなく菊池に注目している。


「まずは、現状のご説明からさせていただきます」

 生徒会長はそこで一拍おいて体育館を見渡してから、次の説明に入る。


「昨日午後四時頃に出現したとみられる不可視の壁は――」


「午後四時……」

『ちょうど、ネズミと戦っていた頃じゃな』


 昨日のことを思い出す。地下迷宮で出口が見つからず、しかもネズミの大群に襲われてがむしゃらに戦っていたときにそんなことが起こっていたとは……。


「生徒会が昨夜調査したところによりますと、この壁は〈竜海神社〉を含む学校全体を取り囲むように張り巡らされており――」


 部員達の視線が一斉に結希奈へと向いた。結希奈の家はその〈竜海神社〉なのだ。


「おかげで着替えとお風呂には困らないけどね。お父さんと妹が外出中だったのは不幸中の幸いって所かしら」

 結希奈が肩をすくめる。その間にも生徒会長の説明は続いている。


「現時点でこの壁を破る方法は確認されておりません。また、外部との連絡も一切つかない状態であり、生徒会としては救出の手が伸びるまでは校内で待機せざるを得ないという結論に至りました」


 体育館内がざわめく。生徒達の漠然とした不安がここへ来て具体的に言葉となって生徒会長の口から出てきたことで、現実的な不安になってしまったからだ。


「いつ頃家に帰れるんですか?」

 どこかから、そんな質問が飛んだ。


「現時点では不明です。外部とのコンタクトは一切不可能となっています」


 そこで生徒達の不安が一気に膨れ上がった。周囲の生徒と不安そうにこれからの相談をする者、大声で生徒会長をなじる者、すすり泣く女子生徒、舞台上に上がろうとする生徒までいる。しかし、混乱に陥りそうになっていた体育館に一喝する一声が。


「黙らんか貴様ら!!!」


 どんな騒音の中でも響き渡る声と同時にムチを舞台にたたきつける音。いつの間にか風紀委員長が舞台上に戻り、騒ぐ生徒達をゴミを見るような目つきで見下ろしている。


「傾注せよと私は言ったはずだが? 不満がある者は今すぐ私の前へ名乗り出ろ!」

 そう言ってもう一度ムチをたたきつける。静かに怒りをたぎらせる小柄の風紀委員長を前に私語をしていた者も、大声で叫んでいた者も、泣き崩れていた者も、狼藉を働こうとしていた者も、皆言葉を失ってしまった。


「風紀委員長、もういい。下がってくれ」

「はっ!」

 生徒会長がそう言うと、軍服の風紀委員長は見事な敬礼をして舞台袖に下がっていった。


「話を続けます」

 生徒会長は説明を再開した。現在、校内に残る唯一の教員である辻綾子養護教諭からの委任を受け、脱出までの間の自治に関する全権を担うことを宣言した。


「その上で、我々としてはなるべく生徒諸君のご意向に沿った民主的な学校運営を進めていくつもりであります。しかし、円滑な自治、または共同生活をおくるうえで生徒諸君にとって不本意な指示を出すことがあるかもしれません。そのような場合でも従っていただきたく思います」


 生徒達の間に再び不安の渦が巻き起こる。しかし菊池は意に介せずそのまま話を続けた。


「本事件が土曜日に起こったことを鑑みて、生徒諸君には当面の間、部活動単位で行動してもらいます。これに関連して後ほど、各部の部長を集め、部長会を開催させていただきます。ここで部ごとの役割分担を決めたいと――」


「冗談じゃねぇ!」


 菊池の説明が止まり、生徒達の注目は菊池の説明に異を唱えた人物に集中する。


 舞台前に集まっていた生徒達が自然と道を空け、その人物が舞台に向けて歩き出す道を作っていく。その人物は舞台に上り、中央で説明をしていた菊池の前まで来て対峙する。先ほど生徒会長に止められたためか、風紀委員長が出てくる気配はない。


「君は確か――」


 菊池の目の前に立つ大柄な男子生徒は、水色の上着と紺色の袴を着た剣術の試合の格好をしている。腰にぶら下げられている名札には“港高 金子”と書かれている。他校の生徒だ。


「すいません、こいつ、対外遠征中にこの事件に巻き込まれて……」

 そう言って舞台に上がり金子という生徒を引っ張ろうとするのも同じく剣術の試合の格好をしている生徒だ。彼も金子とは負けず劣らず大きな身体をしている。金子とは異なり白い上着と「雅治さん……」という徹のつぶやきから彼は北高の剣術部員だと知れた。


「離せ、秋山! おれはこのスカした生徒会長野郎に一言言ってやらなければ気が済まん!」


「おい、お前達、何をしている! 手伝え!」

 秋山に言われ、慌てて数人の剣術部員が壇上に上がり、金子を引っ張っていく。しかし金子の憤りは収まらない。


「貴様、何様のつもりだ! 全権だぁ? きれい事言ってんじゃねぇ。誰が何の権利で貴様はおれ達を指図する! 他の奴らは知らんが、おれ達は貴様に投票した覚えなんかねえ。勝手に認められたと思うな!」


 気の弱い者ならそれだけで気を失ってしまいそうな勢いで食ってかかるが、菊池は眉ひとつ動かさない。


 さすがに風紀委員長の岡田遙佳や副会長のイブリースが割って入ろうとするが、菊池はそれを制する。金子はなおも引きずられながら続ける。


「いいか、優男! おれは、おれ達は……港高剣術部はお前には従わない! 生徒会だか何だか知らないが、おれ達のことはおれ達で決める!」

 そう言って体育館を出て行った。同じ胴着を着た港高の生徒達が金子に続いて体育館から出て行った。


「すまない、菊池。あいつらのことは俺に任せてくれないか?」

 北高剣術部部長の秋山雅治あきやままさはるが菊池に一言詫びて、提案した。


「……いいだろう」

「恩に着る」

 そのまま、秋山を始め、北高の剣術部員達も体育館から出て行ってしまった。


「雅治さん……」

「坊ちゃん……。すいません、また後で」

 徹が秋山に声を掛けたが、取り合うことなくそのまま体育館から出て行った。




 北高、港高の剣術部合計三十人ほどがいなくなった体育館の中で、何事もなかったかのように菊池が現状の説明と暫定的な方針についての所信表明を再開した。


「今申し上げたように、生徒諸君は基本的に部単位で行動してもらいますが、それによって予想される人員の偏り、人手不足に関しては暫定的に校則の一部を変更することで対処します。つまり、北高校則6条三項、“兼部の禁止”を廃止し、お互いの部長の承認があれば兼部を可とします。また、部の新設に関しても生徒会に申し出れば従来通り一名から可とします」


 再び生徒達にざわめきが起こる。校則を暫定的とはいえ、勝手に変更することについての戸惑いだ。


「――以上です」

 生徒達の戸惑いをよそに、菊池は説明を終えるとそのまま舞台を後にした。変わって舞台に上がってきたのは金髪に青い肌の魔界からの留学生、生徒会副会長であるイブリース・ホーヘンベルクだ。


「これより部長会を開催します。各部の部長は会議室にお集まりください」

「あの、その……ぶ、部長がいない場合は……? ふひひっ」

 舞台下の生徒の中から質問が飛んだ。小柄な女子生徒だ髪がボサボサなのが目につく。


「部長がいない部に関しては代わりの代表者を選出し、会議に参加してください。この会議はすべての部に対しての出席を求めます。そのほかの生徒に対しては解散とします。以降、部長の指示に従ってください」

 そう言って異国の副会長も舞台袖に下りていった。




「それじゃ、後を頼むぜ。俺たちは部室で待ってるからな」

 体育館に集まった生徒達が各々体育館を後にする中、徹が慎一郎の肩を叩き言った。


 慎一郎の周りには徹、結希奈、こより、そしてメリュジーヌ。これからどうなるかはわからないが、生徒会長の指示に従うのならばこのメンバーで行動するほかない。


 〈竜王部〉の部員達を見渡すと、彼らは各々笑顔で頷いた。頼もしい部員達だと慎一郎は思った。


「ああ。みんなで助けが来るまで乗り切ろう」

 そう言って慎一郎は部員達と別れ、会議室へと足を向けた。

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