閉ざされた学園3
体育館にはすでに相当数の生徒達が集まっていた。とはいえ、ここにいるのは土曜日に登校してきた生徒に限られるので、全校生徒には遠く及ばない。およそ三分の一くらいだろうか。
生徒達はそれぞれグループ毎にまとまって、雑談をしている。多くが今起こっている、校門前の見えない壁の話、あるいは今の自分たちの境遇についてだ。
慎一郎達〈竜王部〉も、その中に入り、適当なスペースで固まっていた。
「生徒会が一体何の用だろう?」
「そりゃあ、今この状態についての説明じゃない?」
「生徒会も土曜日登校してたんだな。と、いうことはイブリース先輩も?」
「何でそんなに嬉しそうなわけ、あんたは……」
「そりゃあ、美人は一人でも多い方がいいに決まってるからさ!」
「はぁ……聞いたあたしが馬鹿だったわ……」
いつもの徹と結希奈のやりとりが始まった。彼らのやりとりを見ていると、思ったよりもダメージは受けていないようでメリュジーヌは内心ほっとする。あるいは、まだ事態の深刻さに気づいていないだけかもしれないが。
「あれは……」
慎一郎が人混みの中に何かを見つけた。
「悪い。徹、高橋さん。ここにいて。すぐに戻るから」
「あ、おい、慎一郎!」
徹の呼びかけにも振り返ることなく、慎一郎は人混みをかき分けてその場から離れていった。
「…………」
周囲には一部部活動のユニフォームらしき服を着ている生徒もいるが、多くは北高の制服を着ている。そのためか、異なる制服を着る自分の異物感が強い。
放送に従って体育館に来たものの、特に誰か話をする相手がいるわけでもない。細川こよりは体育館の壁により掛かって、何をするでもなくただ周囲の生徒達を見ていた。
週明けから通うことになるこの学校の下見に来てこの騒動に巻き込まれてしまった。なんと間の悪い。
間が悪い……? 本当に……?
「細川さん!」
眉をひそませて思考に入っている彼女のもとに、人混みをかき分け、男子生徒がやってきた。まだこの学校の生徒ではない細川こよりが知る数少ない人物のひとり、浅村慎一郎だ。
曇っていたこよりの表情が明るくなる。
「浅村君。よかった、気がついたのね」
「はい。心配掛けてしまったみたいで、すいません」
共に迷宮での危機をくぐり抜けた仲間に対して頭を下げる慎一郎に、こよりは手を振って否定する。
「ううん、わたしのほうこそ。あのとき、助けてくれてありがとう」
地下迷宮でネズミの化け物と戦っているときにネズミの突進から身を挺して守ってくれたのが他ならぬ目の前の年下の少年だ。
『姿が見えぬから心配しておったぞ。コヨリよ、一体どこにおった?』
慎一郎の頭に覆い被さるような体勢のメリュジーヌが入ってきた。映像の姿なので、頭の上に乗っていても全く重みは感じないが、目の前に腕をぷらぷらさせては邪魔で仕方がない。
地下迷宮でのネズミとの戦いの後、慎一郎を徹や結希奈と保健室に運んだこよりは明け方あたりまで保健室にいたが、その後慎一郎が目覚める頃にはどこかへ行っていたらしい。
「うん。学校の周りを見てきたの」
「そっか。細川さん、もともと学校見学に来たんだっけ」
本来であればこよりは明日、月曜日に北高に転入してくるはずであった。その前に学校を見て回りたいと土曜日に登校してきてこの騒ぎに巻き込まれてしまったのだ。
『本来なら巻き込まれんでも良かったはずなのに、お主も難儀じゃのぉ』
同情した様子でメリュジーヌが言った。
「ほんとにね。おかげで北高の制服、着そびれちゃった。あれ、かわいいから着てみたかったんだけどなぁ」
あははと笑うこより。
「そっか、その制服、前の学校の制服ですよね? 北高のは確か……」
「今日来るはずだったの」
『わしはその制服も好きじゃぞ。ほれ、似合っておろう?』
そう言ってメリュジーヌはくるりと一回転する。彼女の服はいつの間にかこよりと同じ、襟に白いカバーを付けたセーラー服になっていた。
「ええ、とっても」
こよりはにっこり笑った。
「慎一郎」
こよりと話をしていると、近くで雑談に興じる生徒達の間をかき分け、徹と結希奈がこちらへやってきた。
「お前、何やってるんだ? ……って、こよりさんじゃないか。どこ行ってたの?」
「うん、ちょっと学校見学に」
「へぇ……。何ならおれが案内しようか? 体育館裏とか、体育倉庫とか」
「何言ってるんだお前は……」
「体育館裏? どうして体育館裏が出てくるの?」
下品な申し出の徹に呆れる慎一郎と意味のわからない様子の結希奈。そんな様子の三人にこよりはくすくすと笑う。
「仲がいいのね」
その一言に対して徹と結希奈は「違う!」「誰がこんな奴と!」と口々に否定する。それを見たこよりがさらにくすくすと笑う。
「で、どうしたんだ徹? 待っててくれって言ったんだが……」
「あ、そうだ」
慎一郎の問いに徹は何かを思い出したようだ。
「部ごとにまとまれってさ。部活動中のアクシデントだから、クラス単位じゃなくて部単位の方がいいって、生徒会が」
見ると、確かに何人かの、あるいは何十人かの単位で集まっている生徒達は学年もばらばらで、部単位で集まっているようだ。
「それじゃ、わたしは……」
その話を聞いてこよりはその場を立ち去ろうとする。と――
「え、何で?」
慎一郎が訳がわからないという風に聞き返した。
「だって、部単位だって。わたしは部外者だし……」
「いやいや。俺たち、もう仲間でしょ。一緒にあのネズミと戦ったんだし」
人なつっこい笑顔を向ける徹。
「だからあたし達、こよりちゃんの所に来たんじゃない」
当然ね、と胸を張る結希奈。
「でも、いいの……?」
との問いに、慎一郎が答える。
「〈竜王部〉へようこそ、細川さん」
言って、手を差し出す。
「うん。よろしくね、浅村君、栗山君、結希奈ちゃん、それに――」
こよりが慎一郎の手を握り返すと徹、結希奈、それにメリュジーヌが次々と手を重ねた。
「ジーヌちゃん」
『うむ! まずは歓迎会じゃのぉ!』
「そうだな、ここから出れたらいつものファミレスだ。こよりさんは慎一郎のおごりな!」
「何でおれなんだよ!」
「そこは部長の甲斐性の見せ所なんじゃないの?」
「高橋さんまで!」
「ふふふ、あははははは……!」
それまで、どこか影のある様子だったこよりだったが、この瞬間、その影は完全に消え去った。こんな状況であるが楽しげに笑い合う四人を見て、メリュジーヌは満足そうに頷いた。慈しみあるその表情はまるで子供の成長を見守る母親のようであった。
「けど、いつまで待たせ続けるのかしらね?」
体育館に集合せよとのアナウンスからすでに一時間。最初はおとなしく待っていた生徒達も次第に緊張の糸が緩んできたのだろう、私語が大きくなっていった。
今ではお互い、大声で話さなければ隣の生徒の声も聞こえないほどの喧噪で溢れている。
「え、なんだって?」
「だーかーらー! ここに生徒を集めてどうするのっての!」
慎一郎が耳に手を当てて聞き返すのにあわせて結希奈も大声で応えようとする。しかし、それでも周囲の声にかき消されてしまう。
「あぁ?」
「あーもう、いい!」
そんなときだった。
「貴様ら、いつまで遊んでいるか!!!」
文字通り、騒音をかき消すほどの大声に体育館は一気に静まりかえった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます