閉ざされた学園2
聖歴2026年5月10日(日)
そこは一見、何の変哲もない、言うなれば見慣れた学校の風景だ。門から先に道は下り、市道へと繋がっている。
浅沼慎一郎は校門の前に立ち、そこから手を伸ばした。
しかし、目の前、三十センチほどのところから先へ手を伸ばすことはできない。見えない壁がそこには存在する。何度やっても同じだ。
壁は固く、ちょっとやそっと殴ったくらいではびくともしない。手の届く範囲はどこもこんな状況だ。
「どうなってんだ、これ……」
『何らかの魔術のようじゃが……。すまぬ、わしにはわからぬ。見たことがないタイプの壁じゃ』
浅村慎一郎の問いにメリュジーヌが答えた。
〈竜王〉メリュジーヌ。
世界におよそ二万人いると言われている、竜の本性を石に封じ込め、人の姿で人とともに暮らすドラゴン――〈竜人〉。その竜人を統べる王。竜の中の竜。
人間に対して融和的で、常に先頭に立って人と共にあらんとしていたが、およそ六百年前、突如としてその姿を消した。
その竜王は今、普通の高校生である浅村慎一郎の〈副脳〉の中にいる。
「昨日からこんな感じさ」
慎一郎の隣であきれ顔なのは親友の栗山徹だ。
「そういえば辻先生も同じ事言ってたな……」
「綾子ちゃんの荒れっぷりと来たらなかったぜ。あのやる気ない先生が定時になっても家に帰れないと知ったときの暴れっぷりと来たらもう……!」
そう言って徹は楽しそうに笑う。
「それで? 外には連絡取れないのか?」
「ダメね。〈念話〉はもちろん、他のどんな魔法を使っても外と連絡できた生徒はいないみたい」
後ろから生徒達の山をかき分けてやってきたのは高橋結希奈だ。徹も結希奈も慎一郎と同じく、北高地下にある謎の地下迷宮を探索する目的で作られた〈竜王部〉の部員である。
「しかし……ジーヌに見せれば何とかなると思ったんだけどなあ」
徹が頭を掻きながら言う。
『所詮わしは六百年前の竜人じゃ。今のこの魔術の発展ぶりにはとてもついてはいけんよ』
銀髪の竜人王は、どこか寂しげな表情で遠くを見ながら言った。メリュジーヌの姿は離れた人物どうしてコミュニケーションを取る魔法、〈念話〉を利用して作られた映像だが、その表情は細かく、メリュジーヌの心情をよく表わしている。
「あたし達、閉じ込められた……ってことよね……やっぱり」
結希奈がぼそりと言った。それは、皆が漠然と思っていたが認めたくなかった事実でもある。今の時点で外に出る方法も、外と連絡する手段もない。
しかも、周囲の生徒を含め、現時点で学校にいる全員。
『今のところ、ひとつだけ言えることは……』
メリュジーヌは壁の向こう側――学校の外を見る。
『この壁――壁と言っていいのかわからぬが――これは、ただの壁というわけではないということじゃ』
「どういうことだ、メリュジーヌ?」
『学校の外を見ろ』
「外?」
「特におかしな所はないみたいだけど……。いつもの学校よ」
『そこじゃよ。変わりなさすぎる』
「……?」
メリュジーヌは辺りを見渡しながら続ける。
『考えてもみよ。これだけの生徒が登校したまま帰らなかったのだ。にしては静かすぎる。そうは思わんか?』
「確かに……」
腕を組んで頷く徹をはじめ、皆が納得する。校門の前には誰もいない。これだけのことが起こりながら校門前に親も警察もいないのはあまりに不自然だ。
「どう考える、メリュジーヌ?」
慎一郎が訊いた。
『わからぬよ。こと、魔術に関してはわしなどお主ら並かそれ以下の知識しかない。じゃが……』
「この壁はただの壁じゃない」
『そういう事じゃ。この壁がありのままを映しているとはゆめゆめ思わぬことじゃな』
「あたし達、どうしたら……」
結希奈は心配げな表情だ。学校に閉じ込められ、いつ出られるかもわからない。無理もないことだ。
『そうじゃな……。わしらにできることは多くない。何とかしてここから出る方策を探し出せれば良いのじゃが……』
その時、メリュジーヌの言葉を遮るようにノイズの音が走った。校内のいたる場所に設置してある魔力スピーカーからのノイズだ。
『全校生徒にお知らせします。こちらは生徒会です。校内にいる生徒は体育館に集まってください。繰り返します。校内にいる生徒は――』
女生徒の声で校内に響き渡るそのアナウンスに、〈竜王部〉部員達を含める周囲の生徒達は困惑の中、体育館に向かうのであった。
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