閉ざされた学園5

「全員、揃ったようだな」


 本校舎一階にある会議室に集まったのは土曜日に部活動をしていた部活の部長、代表者およそ十五名。会議室らしい大きなテーブルの周りに座る一同を見渡して生徒会長の菊池一は頷いた。


「会長、剣術部がいないようです」

 菊池の隣に立つ副会長、イブリース・ホーヘンベルクが耳打ちした。


「彼らは来ないだろう。彼ら抜きでするしかあるまい」

「かしこまりました」

 イブリースは一礼して後ろに下がった。菊池はもう一度会議室を見渡すと、改めて議事進行を開始した。


「封印後の我々の方針は先に体育館で伝えたとおりだ。ここでは、まず我々がために何をすべきかを検討し、そのための役割分担を行いたいと思う。何か意見がある場合は遠慮なく聞かせて欲しい」


 菊池の言葉に反応する声がひとつ。椅子に座っている部長達からではなく、会議室の隅、窓際に立っていた大柄で筋肉質の生徒だ。


「それじゃ、いいか?」

「いいだろう。所属と名前を言ってから質問したまえ」


「生徒会庶務、森斉彬もりなりあきらだ。菊池は――会長はこの状況が長く続くと考えているのか?」

 大柄な生徒のその質問に菊池はにやりと笑う。


「いい質問だ、森君。僕としては一刻も早く――今日にでも救出が来ることを願ってやまないが、最悪の事態も考えなければならない」


「最悪の事態……とは……?」

 森という生徒の質問に菊池は間髪を入れずに答える。


「助けが来ないこと」


 会議室にどよめきが走る。それまで多くの生徒達はいつか助けが来るだろうとは考えていた。だがこの会長は助けが来ないことも踏まえて対処を考えるべき、そう主張しているのだ。


「勘違いしないで欲しい」

 動揺する部長達に菊池は手を挙げる。


「僕は助けが来ないと言っているわけじゃない。助けが来ない前提で行動すれば、助けが来るまで持ちこたえることができる。そう言っているんだ」


 菊池はテーブルに着いている部長達の方を見て、顔の前で手を組んだ。


「これは長期戦だ。まずは生徒達の命を繋ぐこと。次に助けを待つだけではなく、こちらからも打開策を模索すること。その二つを軸に諸君の役割を分担したいと思う。異論はあるかね?」

 沈黙が広がる。菊池の放った衝撃の展望に二の句が付けない。


「閣下。ひとつ、よろしいでしょうか?」

 静まりかえる部長達の中で、ただひとり、手を挙げる者がいた。菊池の座るその席からほど近い場所に座る、小柄な女子生徒。

 黒い軍服に身を包む、風紀委員長の岡田遙佳だ。


「何かね、風紀委員長? それと、閣下はよしてくれ」

 生徒会長は薄く笑った。


「我々風紀委員は組織的には生徒会長の麾下ということになっております。ですが同時に、校内の風紀を取り締まる立場でもあるためにお聞きしたい」


 菊池は手を軽く挙げて続きを促す。


「生徒会が全権を掌握するということですが、生徒会――生徒会長がその権力を濫用しないという保証は?」


「貴様、会長に向かって無礼だぞ!」

 イブリースが食ってかかるが、菊池がそれを制す。


「続けてくれ」


「はっ。実際今、会長は独断で校則を変更して兼部を可能としました。これは現状を鑑みるに必要なことだとは思いますが、あまりに簡単に変更しすぎる」


「なるほど。僕が私利私欲のために校則を変える可能性があると。それで、風紀委員長? 君はどうすればよいと考える?」


「会長が権力を濫用しないための監視機関が必要であると愚考します」


 そんな大げさな……という声が聞こえる。しかし、菊池は「その懸念は正しい」と遙佳の懸念を肯定する。


「僕はさっき、長期戦になると言った。僕はね、ここにいる諸君にそこまで考えて意見を出して貰いたい、そう思っているんだ」


 そして改めて部長達を見渡し、次に遙佳を見て言った。

「いいだろう。風紀委員には校内の風紀維持と生徒会に対する監視を役割を与えるものとする」


「はっ、ありがとうございます!」

 遙佳は立ち上がり、直立不動の姿勢をとったあと、敬礼をした。それこそが生徒会の権力の濫用ではないかと気づく者はいなかった。




「次に各部の役割分担について決めたいと思う。これからの方針としてまず、第一に生徒達の安全を確保する。第二に外部との連絡手段を確立する。ここに異論はあるかね?」

 少し待つが、異を唱える者はいない。


「それでは、この方針に従って各部の役割を決める。生徒達の安全に関して最初に立ちはだかるのが食糧問題だ。これに関してだが、これは事前に要請しているように園芸部と家庭科部にお願いしたい」


 そう言われてみれば体育館で全校集会が行われる際に差し入れとしてスープが出されていたのを思い出す。メリュジーヌがおかわりを寄越せとうるさかったので気付きもしなかったが、この隔離された学校での食糧確保は最大の問題になるだろう。


「わかったわ」「任せておきな!」

 並んで座るふたりの女子生徒はよく似た顔つきだが、まとう雰囲気は対照的だ。この二人が今菊池が話した園芸部と家庭科部の部長なのだろう。


「次に――」

 菊池の進行のもと、次々と各部の役割が決まっていった。




 会議は終わり、参加者はそれぞれの部室へと戻っていく。今決められた事柄を部員達に説明し、与えられた役割に従って行動するためだ。

 しかし、その場においてただひとり、その場に立ち尽くしている男子生徒がいた。慎一郎だ。


「あの、菊池さん――会長」


 他の参加者がすべていなくなり、部屋の中は生徒会役員だけになったのを確認した後、菊池はゆっくりと立ち上がってこちらに歩いてきた。


「浅村――慎一郎君だね?」

 菊池は慎一郎の正面で立ち止まり、静かに言った。


「はい……」


 会議室には慎一郎と菊池の他は生徒会役員がいるのみ。その状況に冷たい汗が流れ、唾液が流れてくる。喉をごくりと鳴らした。


「君には――君の〈竜王部〉には、僕が先ほどの会議で示した二つの方針とは別の役割を託したい」

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