謎の地下迷宮4

「光よ!」


 暗闇の中で徹が呪文を唱えると光が集まってきて、こぶし大の大きさになる。光の塊は徹の頭上でふわふわと浮きながらあたりを照らす。明かりをともす系統の魔法の中では最も簡単な〈光球ライト〉の魔法だ。


 魔法の光によって今まで鼻をつままれてもわからないほどだった地下室が明るく照らされる。階段を下りた先の部屋は両手を伸ばしたらぎりぎり届くくらいの広さで、壁は石でできている。


 階段と反対の方には通路が伸びているが、〈光球〉の光量では通路の奥までは見通すことができず、奥は真っ暗だ。


「ただの地下室かと思ったけど、結構広いな」

『空気の流れからすると想像以上に広そうじゃ。学校の地下にかようなものがあるとは驚きじゃな。まるで、竜のねぐらのようじゃ』

 自分がその竜であることも忘れたのか、まるで他人事のようにメリュジーヌが呵々と笑う。


「メリュジーヌにもこの奥は見えないのか?」

『当たり前じゃ。ドラゴンの時ならいざ知らず、今はシンイチロウ、お主の目をわしも使っているのだということを忘れるな』


 目の前に北高の制服を着た――どうもメリュジーヌはその時々で多数の着ている服を真似しているようだ――銀髪の幼女がいつもいるせいか、メリュジーヌの精神が今肩にぶら下げている〈副脳〉に宿っていることを忘れがちだ。


「それじゃ、この先に行ってみるか。ちょっとした冒険だ」

『冒険か……。ふむ、よい響きじゃ!』


 徹もメリュジーヌも乗り気だが、学校の地下にこんな場所があるという時点で怪しいと慎一郎は及び腰だ。


「どうした、慎一郎? いくぞ?」

『ほれ、早う行け。お主が歩かんとわしも先に進めんのじゃ』


 結局、ここに入ったときと同様、二人に押し切られる形で通路へと歩を進めるのであった。




 石で囲われた通路はすぐに終わった。その先は石ですら補強されていない天然の洞窟だ。


 いくつもの分かれ道を進みながら数学のノートにマッピングをしていく。これはもうただの洞窟じゃなくて地下迷宮と呼んだ方がいいかもしれない。


「いいね、地下迷宮! 北校地下迷宮だ!」


 などと徹はのんきなことを言っているが、迷宮の不気味さは歩を進めるごとに高まっていく。


 徹が歩くたびに〈光球〉があとをついてくる。〈光球〉の便利なところは自動で使用者を追尾してくるところで、これによって両手を空けることができる。もともとは夜間や災害時に安全に歩けるように開発された魔法だ。


 天井からしたたり落ちる水滴が下の水たまりに落ち、ぴちゃん、ぴちゃんという音をたてて水たまりを少しだけ大きくする。〈光球〉の光がその水たまりに反射して、迷宮を照らす明かりが二つになったかのように見える。


「あれ? ここさっきも来なかったか?」

 徹が足を止めて慎一郎に聞く。慎一郎はノートに書いた簡単な地図を見ながら返答する。

「ああ。そこからぐるっと一周しているみたいだな」

「じゃあ、こっちに行こう」


 万事こんな感じで行き当たりばったり進むのだが、それにしても広い。歩き出して早三十分。未だに迷宮の全貌は計り知れない。


「まあ、出口はすぐにわかるからいいけどな」

 と言いつつ、視界に常駐させてある時計アプリの表示を見る。下校時刻まであと一時間。迷宮を出て校門まで回るのに二十分見ればいいから、あと四十分で出ようと思い、アラームをセットする。


「知ってるか? こういう迷路で迷ったとき、こうして右手を壁について歩くと必ず出口に行き当たるんだぜ」

『まことか!? それは素晴らしいことを知った。のう、シンイチロウ。試しにやってみろ。ほれ、早う』


「それって入り口からやらないと意味ないぞ。今いる場所がループになってたら一生そこから抜け出せないじゃないか」

『ループになってたら……おおっ、なるほど! そこに気づくとはさすがはシンイチロウじゃ!』

「お前、本当に竜の王様なのか……? おれ、信じられなくなってきた……」

『なんじゃとー! ぐぬぬ……。こんなことでわしの威厳が損なわれるとは……。深刻な事態じゃ』


「威厳とかいいんじゃないの? かわいいが正義!」

『そこまで言われると相手がトオルでも悪い気はせんのぉ』

「俺でもってどういうことよ!」


 などと言いながら〈光球〉が照らす迷宮の中を進んでいく。三人の会話の他は風の音と水滴の音しか聞こえてこない。




「広いだけで何もないな」


 地下に入ってから一時間もするとさすがに飽きたのか、皆無口になってきた。そこで徹がぼそっとつぶやいた。


「モンスターでも出ればいいんだけどな……」

『いるとしてもこの通路の狭さじゃ。たいしたモンスターは出まい』


 階段を下りた最初の部屋からずっと、通路は幅三メートルほど、高さは二メートルちょっとで変わっていない。マップを見る限り、入り口付近の通路はあらかた探索したが、他に部屋らしいものは見当たらない。


「はは……こんな所に出たらそれこそ大騒ぎだよ」


 慎一郎は生まれてこの方、モンスターなど動物園でしか見たことがない。時々、海外の動物園からモンスターが脱走して大騒ぎになったニュースを見かけるが、街中にモンスターが現れるなど、その程度だ。


「ジーヌは気配でモンスターの居場所とか、わかったりしないの?」

 たいしたモンスターは出ないと聞いて気が大きくなったのか、徹はすっかりモンスターと戦う気満々である。


『じゃから、わしは今シンイチロウの身体を借りているのじゃ。知識はともかく、感覚は人間並みじゃし、身体的な能力はゼロじゃ。モンスターが出てもたいした加勢はできん』

「そりゃ残念。伝説の竜王の戦いぶり、見てみたかったんだけどな。映画みたいなのかな?」


 歴史に消えた竜王は格好の映画の題材になっており、近年でも何作かヒット作を飛ばしている。そのいずれの作品でも竜王の圧倒的な戦闘力は物語のクライマックスであり、最大のウリだ。


「こう、口からばぁーっとブレスを……」

『待て、何かいるぞ!』


 メリュジーヌの声に皆の表情が変わる。慎一郎と徹は手に持っている通学鞄から実習用の杖を取り出す。グリップ部分のスイッチを押して柄を伸ばし、いつでも魔法が使えるよう身構える。


 ごくりと生唾を飲み込む音が聞こえたが、それは果たして慎一郎と徹、どちらだったか。


「…………!」

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