竜王メリュジーヌ3
日の暮れつつある路地。制服姿の三人の高校生が立っている。夕日の赤い光が照らすのは三人の顔、その表情は先ほどまでの緊迫感から解き放たれたからだろうか、安堵が色濃い。
「ありがとう。助かったわ。ええと……」
助けられた女子生徒の言葉にいち早く反応したのは徹だ。
「俺は栗山徹。それからこっちは浅村慎一郎。よくわからんけど、無事でよかったよ、高橋さん」
「え……? ちょ、ちょっと! どうして私の名前知ってるのよ! ってあれ? 確かこんなことあったような……あーっ!」
驚いた顔で徹を指さす結希奈。
「あんた、今日の召喚の授業で盛大に失敗した迷惑男!」
「いやいや、失敗したのはこいつだから」
と、徹は親指で慎一郎を指さす。当の慎一郎はせっかく忘れかけてたのに傷を抉るなと言わんばかりに嫌な顔をする。
「お前も失敗したじゃないか……」
「あっ、本当だ。君も今日召喚に失敗した男子じゃない。なんだ……あたし、魔法失敗コンビに助けられたのね。なんか複雑だわ……」
そう言ってがっくりと肩を落とす。
「魔法失敗コンビって……」
と、慎一郎。そして三人でけたけたと笑う。ちょっとしたトラブルはあったが、いつもの放課後に戻りつつあるようだった。
「ま、なんにせよありがとね、浅村君」
「一応、俺も助けたんだけどな……」
「あんたなんて最後の方にちょっと出てきただけじゃない。でもま、感謝はしてるよ、栗山君」
「俺のことは親しみを込めて徹と呼んでくれてもいいぞ」
「やーよ」
そう言ってぷいと顔を背ける。
「あーっ! 忘れてた! あたし、急いでるんだった。もう行くね。ありがと!」
と、一人で行こうとするところを慎一郎が呼び止める。
「もう暗くなるから、一人じゃ危ないぞ。帰った方がいいんじゃ……」
「そうも行かないのよ。あたしおつとめ……バイトの途中だから」
「なら……!」
徹が満面の笑みで言った。よからぬ事を追いついたに違いない。
慎一郎、徹、結希奈の三人は北高前の市道を県道の方へ向かって歩いている。
「で、なんであんなとこにいたんだ? しかも結希奈、〈副脳も〉持ってないじゃないか。もしかしてあいつらに盗られたのか?」
「盗られてないわよ……てか、その呼び方やめてくれない? 鳥肌立つんだけど!」
結希奈が両手で肩をさする。どうやら本当に寒気がしたみたいだ。
「お供え……いや、バイトで花が必要なのをすっかり忘れててね。あたしが忘れたわけだから、他の人に頼むのも気が引けて、そんなに遠くないからこの格好で出たら変なのに捕まっちゃったってワケ。あんたたちが来てくれてホント助かったわ」
その説明に徹の目の色が変わる。
「へぇ~。結希奈バイトしてるのか。で、どこ? ファーストフード? ファミレス? 絶対行くよ! 制服見せてね!」
「絶対教えない!!」
「えー、何でだよ! 俺、絶対行くのに!」
「来て欲しくないからよ! 察しなさい!」
聞けば、結希奈が行こうとしていた花屋と慎一郎と徹が寄り道しようとしていたファミレスはあの路地からは同じ方向だ。
まだ黄昏時と言って良い時間だが、日もだいぶ落ちてきて夜の匂いが濃くなってきている。もう周囲に下校途中の生徒達は見当たらない。
「で? あんた達は何でこんな遅くまで? 一年生の下校時間はもっと速かったんじゃ?」
「ああ、それはこいつが……」
と、慎一郎は徹を指さす。
「クラスの女子に引っかかってて、つい遅くなってしまったというか……」
「へぇ~、ふぅーん。なるほどねー」
慎一郎の説明にゴミを見るような目で徹を見る結希奈。
「や、違う! 結局は女子達の誘いは断った訳だから! 俺は悪くない!」
「お前、今月金欠だって言ってたよな。カラオケ行く金もなかったのかよ」
「慎一郎……それを女子の前で言うのはやめてくれ、マジで」
と、やりとりを繰り広げていると、それを聞いていた結希奈が吹き出した。
「ぷぷっ。あんた達、いつもそんな調子なの?」
「え? こんな感じだけど……」
予想外のリアクションに面食らった様子の慎一郎。
「あ、笑っちゃってごめんね。仲が良くてうらやましいなと思って」
県道は片側三車線の大きな街道で、車の行き来も激しい。特にこの時間は通勤時間とも重なるので一日のうち、もっとも車の行き来が激しい時間帯でもある。
三人は横断歩道の前で待つ。ファミレスに行くのであれば県道を渡る必要もないが、花屋が入る大型スーパーは横断歩道の向こうなので、三人で待っているのだ。
「お、なら俺たちと仲良しになっちゃう?」
「それってさっきのナンパ男達と同じだからやめてくれない?」
「あ、悪い……そういうつもりじゃ……」
それまで調子のよかった徹だが、ばつの悪そうな顔をしている。
と、そこで信号が青に変わった。
「あ、あたしそこだから、もう行くね」
「いや、花屋まで送っていくけど……」
「すぐそこだから大丈夫。ありがとう。また明日、学校でね」
そう言い残して結希奈は走って横断歩道を渡っていった。
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