竜王メリュジーヌ4

 二人が結希奈と別れ、入っていったファミレスは北高からは歩いて十五分ほどの場所にある。とりわけ北高から近いというわけではないので、この時間のファミレスは北高に限らず、様々な学校の生徒達で賑わっている。


「いらっしゃいませ。二名様ですか?」


 出迎えたウェイトレス――この人ももしかすると近隣の高校生なのかもしれない――に案内されて窓際の四人席を確保する。そしてドリンクバー二人前と山盛りポテト二人前という、いつものメニューを注文。


「山盛りポテトは払わないからな」

「えっ!?」

「わざとらしいんだよ」


 そんな軽口を言い合いながらドリンクバーから飲み物を取ってきて着席する。ポテトを二人前注文するのは二人前を分けても物足りないだけだし、割り勘にする計算が面倒くさいからだ。


「お待たせしました。山盛りポテト二人前です」

 やがてポテトが運ばれてきた。それをつまみながら話が弾む。


「あー、金ねー。バイトしたい~」

 ウーロン茶を飲みながら徹がこぼした。

「徹。バイトするの?」

 それに対して慎一郎はポテトをつまみながら聞いた。


「いや、うちはバイト禁止。バイトする暇があるなら剣術やれってさ。俺はもう剣術はやめたんだー!」

 まるで酔っ払いのようにくだを巻く徹に、慎一郎は苦笑いをするしかない。


「なら、部活動も禁止なんじゃ?」

「いや、部活動は学校の活動だからいいらしい。剣術部に入れってうるさいけどな。しかし、俺は断固としてそれは拒否する! かわいい女の子と青春するんだ!」


「やっぱりそれか……。で、今日見学したどの部に入るんだ?」

 との慎一郎の問いに徹は腕を組む。

「うーん……。どれもピンとこないんだよな」


「まあ、部活見学は今週いっぱいだから、明日また別の部を見学すればいいんじゃないか?」

「まあな」

 そう言って徹はウーロン茶を飲み干して、代わりの飲み物を取ってきた。


「慎一郎、お前、中学の頃は部活何やってたの?」

「おれ? 水泳部だけど」

「ぎゃはははは! 似合わねー!」

「ほっとけ!」

 言いつつ、慎一郎は皿の上のポテトをつまむ。塩が振ってあって癖になる味だ。


「お前は? 中学の頃は部活やってたのか?」

「いや、中学の頃はまだ道場に通ってたからな」


 徹の家は〈栗山道場〉という、剣術の道場だ。徹によると、剣術の世界ではそれなりに有名な道場で、いろいろ結果を残しているらしい。


「あの頃の俺はバカだったよ。言われるままに道場に通って、貴重な中学の三年間を……くそっ!」


 悔しそうに机を叩く。「後悔してるのか?」と聞くと、

「ああ。おかげで中学時代、俺は女の子と全然一緒に遊べなかったんだ!」

 ああ、やっぱりな……と、思いながら、慎一郎はさらにポテトを口に放り込む。




「ま、取り敢えずは明日も部活見学かな」

「どの部を見学するか、もう決めてるのか?」

「いや……明日は気の向くまま行ってみるのもいいかもしれないかなと思ってる。知ってるか? 北高って部員一人の部も含めると百近い部があるらしいぞ」

「百!? というか、一人の部って、そんなの認められるのか?」

「部員は一人いれば認められるみたいだな。美人の先輩が一人で運営している部に入るってのも悪くはないな……美人の先輩と放課後二人っきり……最高じゃないか。うひひ」


 やれやれ。ため息をつきポテトを口に放り込む。


 その時、徹が右手の人差し指をこめかみに当てる。〈念話〉が入ったときのジェスチャーだ。


「悪い、〈念話〉だ」

「ああ」


 徹は慎一郎の許可を得てから念話に出る。「ああ」とか、「わかってるよ」など、短いやりとりのあと、〈念話〉はすぐに終わったようだ。


「家からだ。早く帰れってさ」

「大丈夫か?」

「別に。門限ないし」

 徹はグラスに入っていたメロンソーダを飲み干す。


「おかわり取ってくるわ。お前もいる?」

「ん、じゃあコーラで」

「了解」


 ソーダを飲み干した徹が再びおかわりのドリンクを取りに行く。ドリンクバーは万年金欠の高校生の味方だ。




「おい、慎一郎。見ろよこれ。コーラとメロンソーダとオレンジ混ぜたらこんな色になったぞ。お前飲んでみろ……っておい!」


 ドリンクバーで得体の知れない飲み物を作成して上機嫌だった徹が一転、険しい表情で駆け寄ってくる。


「お前、何フライドポテト全部食ってんだよ! 俺、まだほとんど食ってないぞ!」

「……? 何言ってんだお前? おれは別にそんなに食ってるわけじゃ……」

「なら、お前が持ってるそれはなんだよ!」

 徹が指さす先、慎一郎のの指先には確かにフライドポテトが握られていた、しかも一本ではなく、四、五本。


『む、すまんかった。あまりに美味かったものでな、つい手が止まらなくなった。それにしてもこれは芋じゃな? 芋を揚げて塩をまぶしただけのものがこれほど美味かったとは知らなんだ』


「ほれみろ! やっぱりお前が……。って誰?」


 それは、明らかに慎一郎の声ではなかった。少し幼いが、気の強そうな声。しゃべり方はどことなく古風な印象がある。


 徹があたりを見渡すが、周りは高校生の客ばかりでそれらしき人影はない。


『おかわりはないのか? おい、給仕! これと同じものを持て!』

 その声と同時に慎一郎の手に握られたフライドポテトが彼の口に放り込まれる。


「うわっ、手が勝手に!」

 突然口の中にポテトを放り込まれた慎一郎はびっくりしてポテトを口から吐き出してしまった。


『な、なんということを……!』

 声の主は心の底から残念そうな声を出す。


『はぅぅう……わしの芋がぁ……』


「だ、誰が話しているんだ?」

「というか、おれの頭の中から声が響いてくるんだが……」

 ますます混乱する徹と慎一郎。


『あーもう、うるさいのぅ。ほれ、これでいいか?』


 頭の中がフラッシュするような感覚を一瞬感じたあと、四人掛けのテーブルの空いた席、慎一郎のとなりに一人の幼女が座っていた。


 年の頃は十歳ほど、銀色の髪に銀色の瞳。腰まで伸びる長いロングヘアは照明を反射してきらきらと輝いている。

 大きくて黒目がちな瞳とすうっと通った鼻筋、小さい口はとても上品で、どこか外国のお姫様と言われても納得しそうなほどである。

 白いワンピースと白いサンダルを履いて、ファミレスの椅子は少々彼女に高かったのか、足をぶらぶらとさせてこちらを向いている。その表情はとても幸せそうだ。


「誰?」

 それは慎一郎でなくとも抱く疑問だろう。慎一郎も、そして徹も幼女に見覚えはなかった。


『わしか? わしの名はメリュジーヌじゃ』

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