竜王メリュジーヌ2
いつものように寄り道でファミレスに行く途中、厄介なところに出くわした……そう思わなかったというと嘘になる。
慎一郎は別に正義感が強いわけでも、腕っ節に自信があるわけでもないただの高校生だ。厄介ごとには縁遠いし、小学校の時ならともかく、中学に入ってからは喧嘩もしたことがない。
「やっ、離しなさいよ! この変態!」
「おい、この女の手、押さえておけよ。まずは俺が……」
「へへ、じゃあ俺はその次で」
「お、おれは後ろがいいな」
かといって目の前で女子が男三人に襲われているのを見て、見て見ぬふりをするほど冷たいわけでもない。
〈念話〉――魔法の力によって離れた人と会話をする魔法。ただし、あらかじめ固有の脳周波数を交換しておかなければいけない――で誰か呼べばよかったのだが、生憎と慎一郎はそこまで冷静になれるほどトラブルに慣れているわけではない。
北高の制服を着ているからおそらく北校生だろう。男に囲まれている女性生徒と目が合った。その顔は助けを求めているように見えた。
その女子生徒の表情を見たからなのか、男達が一斉にこちらに振り向く。それまでのどこか期待に満ちた、だらしない表情が一瞬にして不機嫌そうなモノに変わる。
「んだテメエ?」
「男はお呼びじゃねーんだよ。死にたくなかったら早く帰ってカーチャンのオッパイでも舐めときな」
「えへへ、お、おれは男でもいいけどな」
男達の視線が慎一郎に突き刺さる。正直、この場から逃げてしまいたい。何も見なかったことにすればどんなに楽だろう。
しかし、そうはならなかった。
「……?」
慎一郎は男達の方を振り向き、一歩を進める。そのまま二歩、三歩……
「やる気か、コラ?」
「そんなに死にてーのか」
「うひ、うひひ……」
慎一郎は混乱していた。未だどうするか決めかねていたというのに、どういうわけか足が勝手に男達の方に向けて動き出したのだ。
「だめ、逃げて!」
女子生徒が叫ぶと同時に男達が殴りかかってきた。髪を青く染めている男はナイフまで持ち出しているではないか!
赤髪の男が振りかぶり、拳を前に……。
「あれ……?」
ずいぶんゆっくりだ。赤髪の男も、その後ろでナイフをてに突進してくる青髪の男も、何を考えているのかスライディングをしている汚い金髪の男も全員がえらくゆっくり見える。
先頭の男のパンチを躱し、腕をつかむ。そのまま相手の動きを利用してナイフを持つ男の方へと突き出してやる。
ナイフの男は突然仲間の男がぶつかってきたので、慌ててナイフを引っ込めた。その隙に突き出した男の背を蹴ってやると二人はバランスを崩してそのまま倒れた。三人目の男は勝手に自爆したから放っておいていい。
これら一連の動きを慎一郎の身体は勝手に動いて成し遂げてしまった。唖然とする慎一郎。
「……ってぇ」
「ンの野郎……やりやがったな!」
「いてててて……」
男達が起き上がる。その顔は怒りに染まっている。もうさっきのようなまぐれは通用しないだろう。
「ブッ殺してやる!」
三人の男が一斉に飛びかかってきた。その時彼らと慎一郎の間に巨大な炎柱が立ち上る。男達はは慌ててたたらを踏んだ。
「俺の連れに何か用か?」
声のした方を見ると、そこには不敵な笑みをたたえる徹がいた。その手のひらには先ほど男達の前に出したのと同じであろう炎の塊が浮かんでいる。
「ンだァ? 馬鹿が増えただけじゃねーか?」
「これでもまだ三対二。勝ったつもりになるなよ?」
「いひ、いひひひひ」
徹がこちらにやってくる。男達はそれを取り囲むように動く。徹と慎一郎はお互い背中合わせになって、それぞれの死角をカバーしようとする。
「何言ってるの? 三対三じゃない」
見ると、先ほどの女子生徒が拳を胸の前で構えて戦闘態勢をとっている。腰が入っておらず、どう見ても素人の動きだが、そんなハッタリでも男達には効果があったようだ。
「どうする? やるのか?」
優位に立ったせいか、近づきながら余裕の表情で徹が聞いた。
「あァん? てめーフザけんじゃねえぞ! 夜明けのマッドシグナルっていやぁ、この辺りじゃ有名――」
「あっ!」
ヒートアップする赤の隣で、青が何か気づいたようだ。黄色は後ろで鼻をほじっている。
「っせーな。んだよ。今いいところなんだから邪魔するなよ。夜明けのマッドシグナルって――」
「おい、待てって。あ、あいつ……」
青髪が目を見開いて徹を指さした。
「俺?」
「あいつが何だってんだよ。あんなひ弱な奴、俺のマグナムパンチで……」
「マグナム! うひひひっ!」
訳のわからないといった表情の赤髪の隣で、青髪はその髪と区別がつかなくなるほど顔を青くしている。
「あいつ、栗山だ!」
「くりやまぁ……? 知るかそんな奴!」
「栗山! 栗山!」
「ほら、〈栗山道場〉の……」
「く、〈栗山道場〉……!? 昔、警察と抗争して警察署を三つも陥落させたって噂の……?」
「そうそう、今も力で地元の暴力団を抑えてるっていう、『人斬り養成所』!」
「やばい、やばい!」
男達は勝手に盛り上がった挙げ句、三人とも顔を真っ青にして土下座をし始めた。
「ご、ご無礼をお許しをー!」
そしてそのまま、走り去ってしまった。
「……ったく、うちの道場はどんな伝説の道場だよ」
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