竜王メリュジーヌ
竜王メリュジーヌ1
聖歴2026年4月21日(火)
もとはと言えばお供えするための花を切らせた自分が悪い。だから巽さんにお願いするのも気が引けたし、これは自分の仕事だから自分で何とかしなければならないと考えるのは同然のことだろう。
いつも行っている花屋は歩いて二十分くらいと、少々離れている。けど近道をすれば自転車で行くより早いから、そうすることにした。
肌身離さず持ち歩いている〈副脳〉も重いし、少し買い物に行くだけだからと置いてきたのも今考えれば失敗だった。
加えて、最大の失敗は急いでいたからと着替えずに学校の制服のまま出てきてしまったことにある。
そういった小さいけど、いくつかの失敗の積み重ねが今のこの危機を招いた――結希奈はそう思っていた。
「な? いいだろ? 俺たち、こう見えても結構、歌ウマなんだぜ?」
「そうそう。この前もスカウトされた的な?」
「ぎゃははは! そうそう。スカウトな」
何が面白いのか、三人の男がゲラゲラ笑っている。この三人に絡まれてからもう十五分。いい加減うんざりしてきた。こんなことなら近道なんかせずに自転車で行けばよかったと後悔はより深くなる。
「だからさ、俺たちと遊びに行こうぜ? きっと楽しいぜ?」
「そのあとで、もっと楽しいこと、しちゃってもいいぜ? げは、げはげはげは」
「楽しいこと? たのしーっ! ぎゃははははは!」
赤髪と青髪と汚い黄色の髪の三人の男達は自分たちだけで勝手に盛り上がっている。
信号機みたいだなと結希奈は思った。
よく見ると赤髪は鼻が曲がっており、青髪は頬の上に傷があり、黄色は歯が抜けている。
リーダー格は赤だろうか、彼だけ安っぽいスーツ姿で、あとの二人はそれぞれ紫のジャージと緑のスウェットという、いかにも田舎の不良といった格好だ。
「な、いいだろ? 俺たちと茶でもしようぜ?」
「だろ? だろ?」
「うひゃひゃひゃひゃ」
さっきまではカラオケに誘っていたと思うのだが、鳥並の記憶力なのだろうか?
結希奈は自分が異性から見て好ましいタイプだとは思っていない。性格は結構きついし、顔だって人目を引くほどのものでもない。ちょっとつり上がった目はコンプレックスだ。
しかし、世の男は『女子高生』という存在に異常にこだわりを見せる層が少なからず存在することはなんとなく知っていた。そして、そういった男が少なからず存在するということは、ろくでもない男の中にもそういった男が少なからず存在するということも。
そして結希奈は今、学校の制服を着ている。誰がどう見ても『女子高生』だ。いや、本当に女子高生なのだが。
「はぁ……」
思わずため息が出てしまった。あからさまに不機嫌な顔をしているのだろうなと思う。
「あれ? どうしたの? 何か悩みでも?」
「お兄さん達が悩み事、聞いてあげようか? しっぽりと」
「しっぽり、しっぽり!」
……まるで通じていない。この男達には他人の気持ちを慮る能力が欠落しているのだろうか。きっとそうに違いない。でなければこんなあからさまに嫌な顔をしている相手に十五分もナンパを続けるはずがないのだから。
そう、結希奈はナンパをされていた。北高の敷地を抜けて空き地に出て、そこから路地を通り市道に出るはずだったのだが、空き地でたむろしていたこの三人のチンピラに捕まってしまったのだ。
この辺りは住宅街なので、ほとんど犯罪らしい犯罪も起こらないし、学校もあるから基本的に治安は良い。しかし日も暮れようとしている黄昏時で、人通りの少ない場所を通って花屋に行こうとしたのが不味かった。
走って逃げようと思えば逃げられる。男は三人とも〈副脳〉を持っており、〈副脳〉を置いてきた結希奈と比べればどうしても走るスピードは落ちるだろう。しかし、相手は三人、しかもこちらは壁を背にしているので男達の横をすり抜けなければならない。
万が一のことを考えると躊躇してしまう。
「あのさあ……」
思わず声が出てしまった。慌てて手で口を押さえるがもう後の祭り。
一度決壊してしまった口からは続けざまに言葉が飛び出してくる。
「どう見ても嫌がってるじゃん。見てわかんない? あたしさ、急いでるんだよね。それを訳わかんないことで十五分もグダグダと……。いいから、そこどいて。あたしさ、バカって嫌いなのよ。あと、汚いのも」
「あ?」
赤髪の雰囲気が変わった。どれまでの察しの悪さからは信じられないほどの察しの良さである。おそらく、普段からバカにされ続けてるんだろうなと結希奈は思った。
「ンだと!? ナメてんのかゴラァ!」
「こいつ、マワしちゃいましょうぜ」
「マワせ! マワせ!」
男達の手が伸びる。とっさに躱そうとするが、一人に手を、もう一人に肩を捕まれてしまった。最後の一人はいつの間にか転んでいた。
「何すんのよ、やめてよ!」
奥まった路地に周りは人気のない倉庫、大声を出しても誰も来そうにない。これは本格的にまずい――
そう思ったとき、目が合った。つかみかかる男達の向こう、制服を着た男子生徒だ。
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