竜と名のつく地で3

「失礼しましたー」

 職員室の扉を開けて徹が廊下へと出てくる。召喚魔術の授業でふざけたことを教科担任に怒られていたのだ。


 放課後。すでに授業は終わり、生徒達は部活動に精を出したり居残りで勉強をしたり、帰宅の途についている者もいる。

 慎一郎は朝、徹に放課後付き合って欲しいと言われたので、彼のお説教が終わるのを職員室外の廊下で待っていた。


「待たせたな」

 悪びれることなく徹が言う。


「けど、俺って本当に魔法が得意なんだって。信じてくれるよな?」

 そう言われても見せられたのがあの失敗召喚なのだが。それに慎一郎の方も魔法は苦手ではない。二年生からのの文魔選択では魔術系を選択するつもりだ。


「ま、お前も召喚失敗してたけどな。ははは」

 触れて欲しくないことをさらっと言う。しかしあんな初歩的な魔法を失敗したのは今をもって謎だ。


「で、これからどうするんだ? 朝、言ってたろ?」

 話題を断ち切るようにネタを振ると、徹は待ってましたとばかりに話し出す。


「そうだ。知ってるか? 今日から部活動勧誘期間に入るんだぜ」

「部活動勧誘期間?」

「ああ。今日から金曜日までどの部も一年生の見学を受け付けていて、どの部に入るのか決めることができるんだ」


 北高も多くの高校の例に漏れず、部活動が盛んだ。野球部やサッカー部など、全国大会を狙える部もいくつか存在する。

「へぇ~、面白そうだな。じゃあ、見学に行こう」

「さすがは慎一郎、話が早い。さあ、行こう」

 二人は職員室を後にして文化系の部活が集まる第二校舎へと足を運んだ。




「ありがとう。もし良かったら入部を検討してみてね」

「はい、先輩の煎れたお茶が飲めるのなら、喜んで!」


 華やかな着物を着ている茶道部の部長の先輩の手を握って離さない徹を何とか引っ張り出してきた。


 これまで四つくらいの部を覗いてきたが、どれも個性的だ。ある部では自作の映画の上映会をしていたし、また別の部ではろくろを回して素焼きの皿を作る体験会をしていた。自作の漫画を配布していた部もある。茶道部のお茶は苦かったが、出されたお菓子は最高に美味かった。


「さすが茶道部。どの先輩も古風でで良かったな~。和服っていいよな」

「お前、女の子で入る部活を選んでないか?」

「ははは、そうかもな」

「まだ時間あるが……次はどこの部に行く?」


「お、この家庭科部ってのはどうだ? 試食会やってるみたいだぞ」

「家庭科部ってお前……料理作る趣味なんてあるのか?」

「そんなもん、入部してから始めればいいさ。よし、行くぞ、慎一郎!」

 今度は徹が慎一郎を引っ張っていくのであった。




「うわ、何だこれ!?」


 家庭科部は家庭科室と家庭科準備室を部室として使用しているらしい。今日の試食会は家庭科室をフロアに、準備室を調理場に見立ててレストラン形式で料理を出しているとのことだったが……。


「すごい行列だな。止めておこう」

「何を言っているんだ! 家庭科部の先輩の手料理を食べる絶好のチャンスを逃すなど、誰が許してもこの俺が許さない!」


 悲壮な決意でそういう徹にそれ以上何も言うことができず、おとなしく二人で並ぶことにした。


 幸いなことに客――ではなく見学希望者の回転は速く、じきに慎一郎達の順番が回ってきた。部員と思われる女子生徒の案内で家庭科室内に用意された座席に腰掛ける。


 家庭科室はきれいに飾り付けられており、ちょっとしたレストランの雰囲気を醸し出している。そこかしこに飾られている絵や彫刻は美術部のものらしい。


「らっしゃい! さあメニューを見ていきな!」

 エプロンドレスを着た家庭科部の女子生徒が手書きのメニューを持ってきた。女の子らしいかわいらしい字と、漫研が書いたというワンポイントのイラストがますますレストランらしい。


「あ、メニューはひとつしかないのか」

 その手書きのメニューには大きく『コーヒーセット』とだけ書かれていた。


「おっ、早速気づいたね。雰囲気作りにメニューを作ったけど、回転をあげるために料理は一種類なのさ」


 エプロンドレスを着た二年生――学年は制服のリボンでわかる――が元気よく応じた。なかなか個性的な先輩だ。


「ひとつ質問があるのです」

 メニューを凝視しながら徹が家庭科部の女子に聞いた。


「この料理は先輩が作っているのですか? いや、先輩が作った料理が食べたいです!」


「お前は何を言っているんだ!」

 思わず頭をはたいた。スパーンという乾いた音が家庭科室に響くが、賑やかな周囲の声にかき消されたので、こちらを気にする者は誰もいない。


「あたしも作ってるけど、誰のものが運ばれてくるのはわからないな。けど――」

 その年上の女生徒は悪戯をするように微笑んで、


「よし、じゃあキミたちには特別にあたしの手料理をご馳走しちゃうゾ」

「ほ、本当ですか!?」

「ふふふ。待っていたまえ若人諸君!」

 エプロンドレスの女子はスキップで隣の厨房――家庭科準備室へと入っていった。




「いやー美味かったな。さすが家庭部。どの女の子も家庭的で実にいい」

「お前、どの部活見学の後でも同じようなこと言ってるな」


 回転率を上げるために食べたら名簿に名前だけ書いてすぐに追い出されたが、徹は上機嫌だった。


「細かいことは気にするな。……っと、どうした慎一郎? 顔色が悪いぞ。風邪でも引いたか?」

「いや、ちょっと頭が重いだけだ。大丈夫。たいしたことないよ」

 慎一郎は自分の頭を二、三度叩いた。部活見学を始めるあたりから、少し頭が重かった。それは少しずつ酷くなっている気もするが、そのうち治るだろう。


「次はどこに行く?」

 誤魔化すように他の話題を振った。

「そうだな……おっ、チアリーディング部なんてあるのか。げ、女子限定!? 何でだよ!」

「お前、忘れてるだろ? これは部活見学会だぞ。チアリーディング部に入る男がいるかよ」

「くっ、そんな罠が……!」

「罠ってお前な……。お、これとかどうだ? 剣術部。演舞をやるらしいぞ」


 〈剣術〉は剣道とは異なり、真剣を使った武道だ。といってもさすがに真剣を使って斬り合うことはせず――つい半世紀ほど前までは真剣で斬り合っていたが、グローバル化の波に乗るためにやめたらしい――決められた『型』をどれだけ正確に、美しくできるかとか、藁でできたマトをいかにきれいに斬るかということを競う競技だ。


「いや、そこは……」

 先ほどからの頭の違和感でうまく物事が考えられなかったのか、徹の様子がおかしかったことに慎一郎は気がつかなかった。

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