竜と名のつく地で4

 県立北高は戦国時代にこの地で暴れていた〈鬼〉を竜の助力を得て退治した武将が〈鬼〉の怒りを鎮めるために建立したという〈竜海りゅうかい神社〉の敷地を借りて創られた県立高校である。


 そのため、北高の敷地――竜海神社の敷地でもある――は県立高校としては桁外れに広く、一辺二キロメートルほどもある。ほとんどは〈竜海の森〉と呼ばれる木々がうっそうと茂る森で、生徒も参拝客も立ち入り禁止である。


 慎一郎達は第二校舎から第一校舎を経由して校庭をまわり、部室棟のとなりにある講堂へと向かった。武道系の部活動が主に使用するこの建物は、今の体育館ができる前は体育館として使用されていた。


「おっ、やってる。結構人が多いな」

 講堂は四つに分割して使用されており、剣術部の他それぞれ剣道部、柔道部、空手部が各々のやり方で新入部員を勧誘している。


「なあ、剣術部はやめておこうぜ。ほら、演舞なら空手部もやってるだろ?」

「ん? いや、別にいいけど……」


 講堂に入ったところで徹がそう言うので、入り口左奥の空手部に足を向けたところ、誰かが声を掛けてきた。


「徹ちゃーん!」


 学校指定のジャージ姿のその女生徒は、ぱたぱたと走り寄ってくる。小柄な体格に髪を二つしばりにした女子生徒。召喚魔術の授業の時、徹に話しかけてきた女子生徒だ。確か、瑞樹とか言っていた。


「やっぱり、来てくれたんだね!」

 息を整えるのもそこそこに、瑞樹の表情がぱぁーっと明るくなる。


「何だよ瑞樹、もう剣術部に入っていたのか?」

「うん、入学式の日に入ったんだよ。ふふ、わたしのマネージャーぶり、見ていってよ!」

 嬉しそうに言うが、徹の反応は鈍い。


「いや、俺剣術部に入るつもりないし……」


「あっ、雅治くーん! 徹ちゃんが来てくれたよ!」

 徹のそんなつぶやきも瑞樹には届かなかったようだ。


 瑞樹が手を振った方から、大柄な男子生徒がやってくる。白い着物に紺色の袴。オリンピックなどでよく見る、剣術の正装だ。


「瑞樹……お前、学校では部長と呼べと……。お、坊ちゃんじゃないか! 部活見学の初日に来るとは、瑞樹ほどじゃないが、気合い入ってるな!」

「いや、俺はこいつに着いてきただけで……」

 徹が口ごもる。どうやら、剣術の部長とも知り合いらしいが、その雰囲気はとても友好的とは言いがたい。


「あ、どうも。一年F組の浅村慎一郎です」

「剣術部部長、三年F組の秋山雅治あきやままさはるだ。剣術部に入部してくれてありがとう!」


「雅治く……部長、まだ見学会ですよ」

「おっとそうだった。ちょうどいいタイミングだ。これから演舞が始まるからさ、見ていってくれよ。坊ちゃんも見ていくんだろ?」

「坊ちゃんはやめてくれよ……」

「ははは、わかった。見て行けよ、約束だからな!」

 そう言って秋山と瑞樹は舞台の袖に引っ込んでいった。




「えい!」

「やあ!」

「たあ!」

 剣術部員達が一糸乱れぬ動きで剣を振っている。その姿は剣術などオリンピックでしか見たことのない慎一郎の目から見ても見事なものだった。


「続いては二人ひと組での『型』になります」

 秋山の解説により演舞は続いていく。時折笑いを交えたその解説のおかげか、場はほどよく暖まっており、見学に来ている一年生達の評判は良さそうだ。


「はじめ!」

「はぁぁぁっ!」

 秋山の号令で、選ばれたふたりの剣術部員が剣を交える。片方の攻撃を片方が剣で防ぎ、剣戟の応酬、そしてつばぜり合い。金属同士を打ちつける甲高い音が講堂全体に響き渡る。


「本当に戦っているように見えますが、これはあらかじめ打ち合わせをしていて、その通りに動く、二人ひと組の『演技』なのです」

 秋山の解説に見学者達がどっと沸く。慎一郎も思わず見入っていた。


「〈栗山道場〉って知ってるか?」


 そんなときに慎一郎の隣で演舞を見ていた徹がぽつりと言った。


「〈栗山道場〉って……ああ、通学路の途中にある大きな道場だっけ? あれ、剣術の道場だったんだ」


「俺の実家なんだ」

「そうなんだ……ええっ!?」


 そう驚いたものの、よく考えてみれば剣術部の部長もあの小柄なマネージャーも徹の知り合い、しかもただの知り合いでなく『徹ちゃん』『坊ちゃん』と呼ぶ間柄から予想はできるのかもしれない。


「ここの剣術部の部員、ほとんど俺んちの道場の門下生なんだよ」


 今ここに見えている剣術部員だけでも二十人はくだらない。慎一郎は思っていたよりも大きな徹の実家に思わず隣の友人を見る。


「俺さ、栗山家の一人息子だから、まだほんのガキの頃から跡取り息子だって鍛えられてさ。俺もそれが当たり前だと思ってた時期もあったんだよ」


 何でもないことのように言うが、その言葉は吐き出すようにも見えた。ただの公務員を父に持つ慎一郎にその苦悩は計り知れない。


「でもさ、生まれたときから将来が決まってるのっておかしくないか? もっといろいろなことを試して、何が自分に合っているか、自分が好きなのは何か、そういうのを探しながら将来って決めるもんじゃないのか?」

 その表情は真剣そのものだ。普段軽薄な表情をする徹からは考えられない、いや、普段の表情はこの苦悩を隠すための仮面なのかもしれない。


 魔法が得意と言ったのもこのことと無関係ではないだろう。剣の道に反発を覚え、魔法の勉強に力を入れた。短い付き合いだが、それくらいはわかる。


「だからさ、俺、部活選びは真剣にやりたいんだよ」

「そっか……。付き合うよ」

 それしか言えない自分に慎一郎はふがいなさを感じた。


「……ごめん、変な話しちゃったな。こんな話されて迷惑だったろ?」

「いや、おれの方こそ。知らなかったとは言え、剣術部の見学に誘ってごめん」


「そう思うなら、なんか驕れよ」

「……お前なあ」

そこにはいつもの明るい徹がいた。安堵する反面、財布の中身が若干気になる。


「ドリンクバーだけだぞ」

「んだよ、ケチくさいなあ。……まいっか」

「驕って貰う分際で贅沢言うなよ」

「うるせえ」


 その時チャイムが鳴った。部活動の時間を終えるチャイムだ。初日の部活見学会はこれで終わり。見学の一年生は後片付けのある上級生を残してぞろぞろと講堂を後にしていった。

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