“思い出”掃除機
「思い出があれば生きていけるさ」
「“思い出”ってなぁに?」
「“今まであったこと”を“思い出す”ことさ。目を閉じて。さあ何が浮かんでくる?」
「……さっき食べた、焼き芋の味。」
「気に入ったのかい?また作ろうか」
「ねえ」
「ん?」
「もし“思い出”がなくなったら」
「それは仕方ないなぁ。人は忘れる生き物で、血の通った生物(なまもの)だから。忘れることもある。でも、いくら忘れたって、完璧に0(なかったこと)にはならねぇさ!」
あるとき、機械特有の耳障りな音が、びゅうう!という突風と一緒に容赦なく入ってきた。……途端、隣でコーヒーを飲んでいたおじさんが倒れた。がしゃん、とカップが割れる音は小さく、幸い中身は空になっていた。
「おや珍しい。皆忘れてしまうのに。」
男か女かわからない声がした。
「おじさんに何したの」
「“思い出”を吸いとったのさ」
おじさんの“思い出”を吸いとった?『思い出があれば生きていける。』そう言った男から。
「“思い出”を吸いとれない人は君が初めてだよ。お嬢さん。」
「どうしてこんなことするの!?」
私は、涙と汗でぐしゃぐしゃになった顔で、掃除機を持つその人を睨む。
「止めとけ」
……おじさんが私の肩を掴んだ。
「俺はそいつの言う通り、“思い出破裂病(はれつびょう)”という病気なんだ。世のカメラやスマホと同じ、決まった容量しかデータ(記憶)を保存できない。定期的に記憶を消して、新しい記憶を保存できるように空きを作らないといけないんだ。」
「そういうこと。だからどうか、止めないでおくれ。お嬢さん?」
「……人は忘れる生き物で、血の通った生物(なまもの)よ。機械と一緒にしないでよ」
「きれいに残さなくてもいい。完璧に思い出せなくてもいい。おじさんは“私よりちょっとだけ長く生きてるだけ”の“人”なんだから」
「……なるほど。よ~くわかったよ。これからは、しょっちゅう来なくて良さそうだ。ありがとう、お嬢さん」
あれから、掃除機を持った人はほとんど来なくなった。おじさんは相変わらず、焚き火のそばで焼き芋とコーヒーを堪能している。
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