第37話 夜、追うように

小さくて、儚い。いいや、小さく作られたおもちゃだ。


観覧車のかごの中に、不揃いな姿の原石がひとつずつ入れられていた。

どれかひとつがかごから出れば、重みが変わって観覧車が傾くのがわかる。


何も、目的などなかった。特に目の前のことを疑うこともせず、流すように聞き入れていた。開いた扉に入り、その後のことなど気にも留めず、静かに鍵を掛けた。


けれど、何も秘密にはできなかった。“私”という人間の何たるか――魔術師たちの動向や、“あの街”の異常さを知った私が、外界へ向けて細々と糸を伸ばしていたことも。


依頼、という形で私のもとを訪れた、外界からの協力者たち。かれらは皆、依頼者である私に覆い被さるように、ひとり、また次にひとりと倒れていった。――“砂時計の街”だったから、皆たちまち砂になってしまった。唯一、“心臓とも呼べる歯車らしき欠片”が、ひとつずつ後から出てくるだけだった。


砂時計に、金属はいらない。中身が見えるガラスの器と、上下・天地を隔てる境目があれば成立する世界だ。けれど、“心臓とも呼べる歯車らしき欠片”は存在する……私は、至極混乱した。


途端に、目には見えないものが……簡単にはわからない“人間の内側”・唐栗のように複雑、難解な仕組みで動き続ける街が、たまらなく奇妙に思えた。


苦しみを抱く。

痛みを抱える。

愛を抱く。

憎しみを、むなしさを。

隠すように、見えないように。

内側にしまって、私はどこへ行こうとしているのか――


そうして、拾われなかった“心臓とも呼べる歯車らしき欠片”は、星になった。落ちて、埋もれた体の砂の中で。もう一度光り始めた星は、天上に大きくある“月”をたまらなく憎んだ。


“月”はいつだって、上から全貌を見ている。姿形が遠くからは欠けているように見えるだけで、何も変わらない。美しくて、冷たくて、目を惹き付けてやまない存在だった。


――だからこそ、星は、ひとつずつ奪った。“月”の輪郭に並んでいた原石たちを、ひとつずつ血に落とした。文字通り、血で染めて。輪が崩れ・傾けば、手のひらで転がるはずだと。


それでも“月”は無くならず、誰のものにもならなかった。それどころか、海のふちから滑り落ちた小さな原石が、時を経て再び輝きを取り戻していった。


例え半分の体だとしても、唯一残った“月”を、星が見逃すはずがなかった。


今、“月”は閉じている。宿に着き、手続きを済ませた後。部屋の扉を閉めた途端、倒れたからだ。


私は、どうして、という想いと共に滲む現実を受け入れたくて――ベッドに横たえた“月”の男、その目にかかる髪を。指ですくいながら、泣いていた。


「――ありがとう。いつも私の歌を、一番側で、いっぱい聞いてくれて」

女の口からこぼれ落ちるのは、雫のような声だった。



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